白衣の男の背中に、わたしの飛び蹴りが綺麗に当たった。吸い込まれるように当たったそれが綺麗にクリーンヒットしたせいで、白衣の男はそのまま前に倒れる。(やった!)(わたしやったよ!)「大丈夫でしたか枢木さん!」とわたしが声をかけると、枢木さんは慌てて「っロイドさん!?」と完全にノックアウトしている白衣の男を抱き上げた。(え?)心配そうに白衣の男の顔を覗き込んでいる枢木さんを見て、わたしは焦り始める。ちょっと待て。もしかして、白衣さんは枢木さんの知り合いだったりするんですか。やばいやばいやばい。あろうことかわたしは知り合いかもしれない方に飛び蹴りを喰らわせた上に変態呼ばわりしてしまったのか。言い訳すらも出来ないこの状況をどうするべきか考えていると「、」と枢木さんがわたしの名前を呼んだ。 「っごめんなさい!!!」 その言葉と一緒にわたしは深く頭を下げた。見慣れた自分の髪が垂れて目の前に広がる。枢木さんにはたくさん言わないといけないことはあったけど、とりあえずは謝罪だ。謝るべきことをしたのだから、当然である。「!、とりあえず頭上げてよ、ね?」と枢木さんがわたしを宥めるように言った。彼はなんて優しいんだろう。じわりと涙腺が緩み始めているのを感じたとき枢木さんが苦笑して言った。 「とりあえず…運ばないと」 「え?」 「まだ気絶したままみたいだから」 気を失っている白衣の人を見て、枢木さんが苦笑いを浮かべた意味が分かった。今気付いたが、彼の眼鏡にひびが入っている。このまま付けていたら怪我をしかねない、と気絶している彼から眼鏡を抜き取って(わ)(綺麗な顔してる)とりあえずわたしのポケットに入れた。 「…っと」 枢木さんが白衣の人を担ごうとしたので手伝おうとしたら「僕一人で大丈夫だから」と言ってくれた。(優しすぎると思います枢木さん!)でも元凶のわたしが何もしないってのはやっぱり悪いから、白衣の人の足を持つことにした。意外に重い。 気絶している白衣の人を保健室に連れて行こうとしたが、学校にあまり関係のない人を保健室に連れて行くのはどうなんだろう、とわたしが口にすると枢木さんもその言葉を聞いて「どうしようか」と首をかしげた。別に保健室に連れて行ったとしても追い出されはしないだろうが、先生にどう説明すればいいのだろう。(蹴ってしまったので看病お願いします?)(いやなんだかそれも)二人して悩んでいると「あ、そうだ。大学に運ぼう」と枢木さんが思いついたように言った。大学、といえばこのアッシュフォード学園の向かいに大学が建っていたはずだ。 「大学ってあの大学?」 「うん。僕の所属してる部隊の研究室があそこにあるんだ」 大学の方を指差して枢木さんに聞くと彼は笑顔でうなずく。その人懐っこい笑みで、ほんわかと心が温まるのがわかった。「へえ、研究室…」軍に入っているのは知っていたけれど、研究室とはどういうことだろう。わたしは勝手に戦闘に参加しているものだと思っていたのだが、もしかして彼は前線に出ていないのだろうか。 「僕は技術部だから。ちなみに、この人が上司」 苦笑して言った枢木さんのその言葉を聞いてわたしは目を大きく開いた。 枢木さんの所属している技術部の研究室に備えてあったベッドに白衣の人を寝かせると「ちょっと報告してくるね」と枢木さんが言って部屋を出て行こうとした。少し心細かったけれど、引き止めるわけにも行かなかったのでわたしは「うん、お願いします!ありがとう」とだけ告げて白衣の人に向き直った。一向に目が覚める気配のない枢木さんの上司さんを見ているのも暇なので、わたしは部屋を見渡した。この部屋全体からする薬品の匂いにわたしは顔をしかめる。壁伝いに並んでいるクリアケースには学園の保健室にもあった消毒液や包帯が並んでいたけど、その中に見たことの無いような名前の薬品や劇薬が置いてあったのを見て、ここはやっぱり軍の施設なんだなと実感した。「ん〜、…あれえ、僕の眼鏡は?」馬鹿にしているような、暢気な声。聞いた事のないそれにわたしは慌ててベッドに視線を戻す。白衣の人が起きていたのだ。彼は眼鏡がないせいでよく見えないのか、目を物凄く細めながらわたしの方を見ている。「…君、枢木少佐じゃないよねえ。だれ?」人が立っていることは分かるらしいが、それが誰かは分からないらしい。よっぽど目が悪いみたいだ。「ええと、わたしは枢木さんではないんですけど、とりあえず説明します」見えているかは分からないがとりあえず彼の隣に行って、今までの経緯を話した。(眼鏡を割ったこともきちんと説明したよ!)話している間、彼はうんうん、と何回も頷いていたけど、時々返事をせずにじいとわたしの顔を見ているときがあったから、やっぱりこの距離でも見づらいんだなと思った。 「あはあ〜君かあ、僕のこといきなり蹴ってきた人」 「本当ごめんなさい!」 その言葉と一緒に頭を下げる。彼にとって見づらい距離だというのは分かっていたけど、頭を下げずにはいられなかったのだ。 「それにしても面と向かって変態って言われたのは初めてだったなあ」 「!!っすいませ…!」 謝り続けるわたしに白衣の人は「面白い子だよねえ君〜」とにやにや笑った。その笑みに思わずわたしは警戒心を抱く。人を馬鹿にしたような軽い声にその笑みがなんとも合いすぎて、違和感を感じなかったからなのかもしれない。「ねえ」白衣の人がわたしに呼び掛けた。彼の、薄い勿忘草色の瞳が綺麗だと思った。 「すこーしの間、僕の仕事を手伝ってくれない?」 「はい?どうしてですか」 「僕が君のこと気に入っちゃったから」 「……はい?」 「あー君が蹴ったせいで腰が痛くって…」 「わかりましたやりますすいません」 そう言わざるをえない状況に上手く持っていかれたような気がして、わたしは驚く。転んでもただじゃ起きない人ってのは彼のような人のことを言うのだと実感した。それにしてもこの人、物凄く頭良いのかもしれない。そんなことを考えてるとも知らず、彼はにっこりと笑った。空色の柔らかそうな髪が揺れる。 「僕はロイド・アスプルンド。よろしくね」 「…・です。よろしくお願いします」 |