心地良いそよ風が吹いて、ぽかぽかと太陽の光が降り注ぐ。学校にある図書室の、1番つき当たりの小窓のとなり。そこに、わたしはいた。少し古びた机に本を置いて、木製の椅子に腰をかける。日の光を吸収した机に冷えた手を乗せると、じんわりと暖まっていく。なんて気持ちのいい空間なのだろう。お気に入りのジャンルが周りに並ぶこの静かな場所が、わたしはだいすきだった。あっちを向いても本、こっちを向いても本、本、久藤くん、あれ?

「なきむしピエロ」

まるで絵本のタイトルのような言葉をわたしに告げると、久藤くんは、にっこりと微笑んだ。邪気を感じさせない、その突然の笑みにわたしは、目を瞬く。一体、なんなんだ。わけの分からない久藤くんの言動に驚いていると、彼はわたしを見据えてから、ゆっくり目をつぶった。





あるサーカス団に、とても泣き虫のピエロがいました。
ピエロはジャグリングも、くうちゅうブランコも、こわくてできませんでした
サーカス団のだんちょうにおこられるたびに、ひっしにれんしゅうをするのですが、なみだでめのまえがゆらいで、あしがうごかないのです。

うごけ。うごけ。うごけ。

ピエロはねんじますが、あしはまったく、うごこうとはしませんでした。
そしてある日。
ピエロのあしはそらをえらばず、じめんをえらびました。
ピエロは、サーカス団からにげてしまったのです。
はまべでひとり、ピエロがなみだをながしていると、サーカスの動物たちがやってきました。
にげだしたピエロを、おいかけてきてくれたのです。

「だいじょうぶだよ、君は、あんなにがんばっているじゃないか。」

そうだ、そうだよ、とたくさんの動物たちがピエロをはげまします。

(中略)

「たいへんだ!ピエロがおちた!」

なんと、泣き虫ではないもう一人のピエロがステージからおちてしんでしまったのです。
サーカス団には泣き虫ピエロしか、ピエロはいません。
ぼくしかいないんだ。
ふるえるあしをなんとかおさえて、ピエロはだんちょうにこういいます。

「ぼくがとびます!」

そのことばに、だんちょうはうれしそうにピエロのかたをたたきました。
いつもおこってばかりの、だんちょうのえがおをはじめて見たピエロは、とてもうれしそうにわらいました。
それは、サーカス団でピエロがはじめてうかべた、えがおだったのです。
そして、ピエロは、さいごにじぶんをだまして、そらをとびました。
たかく、たかく。まるでとりのように。





子守唄が、聞こえてきたと思った。久藤くんの口から歌のように、自然に零れ出るそれはわたしの耳にゆっくり入ってくる。なんだか心地がいい。そういえば。これ、前にもあった、な。ふわふわと浮いてしまいそうな感覚を得ながら、そんな事を思い出す。ストーリーテラー。久藤くんの異名であるその名を心の中で呼んでわたしは目を閉じた。「ナキムシピエロ」が久藤くんが考えた絵本の内容だと言うことに気付いたのは、その少し後だった。

「ねえさん」
「、は」

彼の読み聞かせはもう、終わっていたらしい。突然の声に瞼を開けると目の前に久藤くんの顔が大きく映って、思わず後ろにのぞけった。がたんと少しだけ椅子が揺れる。久藤くんはそんなわたしの反応を気にする様子もなく、わたしの肩を掴んで、人差し指で目の下をなぞった。ひんやりとした久藤くんの指の温度に、思わず目をつぶる。「まただ」そういって彼は目の前の席に腰をおろした。自然と彼の指も離れていく。

「君だけなんだ、僕の話を聞いて涙を見せないのは」


うそつきピエロ
(本当の涙を流しているのは、)
(//20080209)