「久藤…シュン、…ジュン?」 図書室の本には、それぞれ貸し出し人の名前を記入することになっている、貸し出しカードが付けてある。最後に誰が借りたか、とか、その本を借りたという証明にするためだ。気になったタイトルの本を棚から抜き出して、ぱらぱらとめくる。本のタイトルと著者名の下に書かれてあった、見覚えのあるその名前に、わたしは首を傾げる。秀麗な字でつづられたそれに、何度も見慣れていたような感覚を覚える。確かわたしのクラスにはいなかったはずだ。と自分の記憶を探り出すが、やはり覚えにない。クラス欄を見てみると、こちらも見やすく整った字でニのへと書かれていた。わたしはニのほ、だ。やはり違うクラスだったかと納得するが、逆に特定が出来なくなってしまって、わけがわからない。 とりあえず他の本も探してみよう。と面白そうな本を探して、図書室内を歩き回る。その一端にあった、泣ける作家特集、と図書委員が作ったであろうブースに目が付いた。別に泣きたいわけでも、感動して作中のヒロインに同情したいわけでもなかったが、特集を組むという事はそれなりに面白いのだろうか、と少しの期待を浮かべてわたしは並べられた本たちを眺める。あまり著者名に詳しくないわたしは、一番目に付いた、表紙がとても綺麗な色合いの薄い本を手に取った。特集からして、恋愛色の強いものが多いのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。わたしの手に取ったこの本は、一人の王族の少年と一匹のカナリアの物語だった。泣けるかどうかは分からないけれど、面白そうだなとわたしはその本を借りることにした。巻末にある貸し出しカードを探して、本をめくる。そしてまたわたしは、名前しか知らない彼の綺麗な字を目にした。 もしかしてその久藤くんとやらは、わたしと同じ嗜好なのだろうか。きっとそうだ。と無理に納得をしながらも、少し不思議に思ったわたしは、そこに並べてある他の本を適当に手にとって最後のページを開いた。無理やりこじつけた考えは、その行動によって打ちのめされる。久藤准。また同じ文字が並んだのだ。もう驚きを通り越して、面白くなってきた。目に付いた本を手当たり次第に出して、カードを見る。久藤、とまた同じ名前が見えた。 一通り、色んなジャンルの本を見てみたが、貸し出しカードに彼の名前がない本は無かった。彼の名前を見る回数が増えていくたびに、一体どんな人なのだろうと彼に対する興味がどんどん湧いてくる。こんなに凄い文学少年なら、目が悪かったりしそうだな。文学少年は目が悪い、という間違った観念に囚われがちな想像を膨らませながら、わたしの頭は勝手に”久藤准”を作っていく。 そしてさっきの本を借りるため、わたしは図書室のカウンターへと足を運んだ。一人の男子生徒が本を片手に、椅子へと腰掛けている。すいません、と声をかけると、ん、ああ、と爽やかな声と笑顔が返ってきた。俗に言う、サッカー少年の浮かべる笑顔はこんな感じの爽やかさなのだろうか。わたしがそんな事を考えているとは露知らず、目の前の爽やかくんはまた笑顔を浮かべた。 「クラスと組と名前、お願いできますか?」 「あ、ニのほの、です」 カウンターにいるということは、図書委員かな。そうだ。図書委員なら”久藤准”を知っているのではないか。と思いついたわたしは、その生徒に声をかけることにした。あの、と声をかけると、少し驚いたようにして爽やかくんはこっちを見た。彼の手には、カウンターにあるわたしの貸し出しカードが握られている。突然なんですけど、 「久藤准、って人知ってますか?」 そう言ってから恥ずかしくなって、それを誤魔化すために思わず聞かれてもいないことをつらつらと告げる。 なんだか、ここの本をほとんど読破してるみたいで気になったんですけど、知ってますか?下の名前はシュンだかジュンだか、分からないんだけど、凄い人ですよね。まだ2年生なのに殆どこの図書室の本を読んじゃうなんて。わたしも読んでいるけど、全然追いつきませんよ。 その後で、余計なことを喋ってしまったことに気づいた。これじゃまるで、軽いストーカーじゃないか。やばい。どうしようかと彼の顔を見ると、きょとんとしたような顔でこっちを見ていた。いたたまれなくなって、今すぐにでも逃げ出したくなる。焦りながらも彼を見ると、爽やかくんはわたしの顔を見てにっこりと微笑んだ。 「……僕、だけど?」 そう言ってまた微笑んだ久藤准は、わたしの想像していた文学少年とは180度違う、眼鏡さえもかけていない爽やかくんだった。 キャラメルックスボーイ! (//20080208 title by 1204) |