馬鹿じゃないのか。何度こいつに言ったのかわからないその言葉を、また俺はこいつに向かって叫ぶ。泣きじゃくるはその言葉が聞こえているのかいないのか、あふれる涙を抑えようと目を擦るのに必死で、立ち上がる様子は無い。



こんなことになったのも、が俺と馬鹿な上級生との喧嘩を仲裁しようと、殴り合いの間に入ってきたせいだった。まるで俺をかばうように立ちふさがって、上級生を見据えていたを止めようと手を伸ばしたのと、上級生がを跳ね除けるのは、同時で、当然、女の力なんかで敵うはずが無かったから、漫画みたいにこいつは吹っ飛んで、少し離れたところで倒れこんだ。可愛らしく声をあげているを見て、女なのはわかっていたけど、ふかく深く俺とは違うものだってことを馬鹿みたいに実感した。あいつの痛がる顔を見て、完全に血が上った俺は上級生を思いっきり殴り飛ばして、のところに駆け寄った。後ろで走り去る音が聞こえたが、殴り足らなかったか、なんて考えてる余裕は無かった。

「大丈夫か、怪我は!?」

俺の言葉にふるふると首を振るを見て、俺はほっとする。そしてさっきまでのこいつの行動を思い返して、俺はまた叫んだ。

「っどうしてあんなことした!怪我をするのは目に見えてただろ!」

ただただ、子どもみたいに泣きじゃくるを見て、我に返った俺は、座り込んでいると視線を合わせるためにしゃがみこむ。「…怒鳴って、わりい」謝ると、はまた弱弱しく首を振った。いつもと違う、女の子の雰囲気をまとったこいつを見ていると、どうしてか胸が締め付けられる。俺はにゆっくり両手を伸ばして、止めて、ひっこめた。(俺は、弱い)力だって、勇気だって、何もかも、弱い。少しの間だけでも病気を忘れられるからと、喧嘩を始めたことだって、そうでもしないと、怖くて怖くて仕方なかったからだ。だが、自分を守るために喧嘩をやっているのに、俺の喧嘩でこいつを傷つけて、(どうしたいんだよ俺は…!)それに、どうしてか俺が喧嘩をしているときとか、身体が痛むときとか、つまりは俺のピンチに限ってこいつは一人で俺の前に現れる。なんかセンサーでもついてんじゃねえのか、って馬鹿馬鹿しいことを考えちまうくらいに。そして、いつだってこいつは心配した顔を俺に向ける。俺はただ、こいつの笑った、あの顔が大好きだっただけで、それを守りたいと思っただけなのに。泣かせたくなんてないのに、俺はこいつの涙ばかりを見ているような気がしてならない。情けなさと不甲斐なさに苛立っている気持ちとどうしていいのか分からない思いが募っていく。が、心配だったの、ごめんなさい。と涙と嗚咽を所々に交えて言った。俺とは違う、の細くて長い手が、顔を覆っている。

きっと錫也なら、泣いているこいつの手を握って、優しい言葉にかけてやれる。きっと羊なら、泣いているこいつを抱きしめて、落ち着かせてやれることが出来る。怒りに任せて怒鳴るなんて、二人は選ばない。俺だってが、俺を心配して喧嘩を仲裁したことは、分かってる。けど、俺には二人みたいに自分を抑えることも出来ないから、気付いたら心配している気持ちが強くなりすぎちまう。本当は、俺だって、「…っ!」名前を呼ぶと、はこっちを見た。大きな瞳には、たくさんの涙がたまっていた。

「…守れなくて、わりぃ」

手を握ってやることも抱きしめることも、俺には出来ない。だから、俺のために心配してくれる、俺のために泣いてくれるこいつのために、俺はこいつが危なくないように、守ってやるって決めたんだ。

「心配してくれんのは、嬉しいんだけどよ。…もうあんなことすんな。俺が、…もっと心配になるだろうが」

頷いた後に、ごめんなさいと言ったに「謝るなっつーの」咎めるように小突くと、は少し笑ってありがとうと言った。(やっぱ、俺)お前の笑った顔が好きだわ。


春を待つ

(//090329)