わたしは、水曜日が好きだ。それと同じ字が含まれている水星が自分の守護星で知らず知らずに守られているような気がするわけではなく、一週間のうちのちょうど真ん中だから息をつけるというわけでもなく。それはただただ単純で、リボン結びされた紐を解くくらいに明解だ。月曜日火曜日木曜日金曜日は大体、クラスや 学科ごとに授業があるためそのまとまりで行動するのだが、水曜日には選択授業があり、その時間では学科が関係なく、学年別に教科が設けられているのだ。つまり、学科が違うという事で普段あまり関わりを持てないでいたわたしの好きな人である青空くんを思う存分眺められ、あろう事か運が良ければ言葉を交わす事が出来るのだ。わたしと彼の共通点といえば同じ生徒会という所からしか見出だせないし、その場所でもたくさん会話出来るわけでもないから、正直、選択授業はとてもありがたかった。もう一度言おう。諸君、わたしは水曜日が好きだ。 緊張しながら、選択授業が行われる教室の扉を開く。教室の中にはもう半数ほどの生徒が席に着いていて、わたしが足を踏み入れた事でそれらの視線が一瞬こちらに向いたが、教師ではない事を確認すると、それはすぐに外された。既に教室にいた生徒は、いつもの如くまばらに席についている。この授業を受け持つ教師には少し放 任主義な所があり、そのせいで自由席になっているのだ。わたしは、どこに座ろうか、と辺りを見渡す。最前列も嫌だが、最後列も真面目に授業を受ける気がありませんと無言で宣言をしているようでなんだか嫌だ。とりあえず適当に差し当たりのない真ん中あたりに座ろうと歩を進めた瞬間、声をかけられた。わたしは今中に入ったばかりの場所で教室全体を視界に入れているから、後ろにはドアしかなくて、おそらく今教室に入ってきた誰かが話しかけたのだろう、と後ろを向くと、その人物はわたしを見てにっこり微笑んだ。 「こんにちは、さん」 わたしは教室に数歩しか踏み入れておらず、かつ今わたしに綺麗で優美な出来上がった笑顔を向けた青空くんはドアからおそらくわたしの歩数−2くらいしか進んでなくて、つまりは振り返ったわたしと青空くんの間には5センチほど(いや、そんなにもないくらい)の距離しか無かったのである。間近で見てしまった心臓に 悪い微笑みに思わず声をあげそうになったが、すんでの所で踏み留め、わたしも「こ、んにちは青空くん!」挨拶をした。それをみて青空くんはよりいっそう笑みを深くしてわたしを見るので、ほんとに顔から火が出るかと思った。穴があったら入りたいというわけでもないがつまりはそういう事である。 「もう座る場所は決まっていますか?」 「え?ううん、どうしようかなって今迷ってた所」 「そうですか…なら、ご一緒しても?」 「え?」 願ってもない言葉が聞こえたけれど信じられなくて思わず聞き返してしまうと「僕が隣に座ってもいいでしょうか?」と青空くんがまたわたしに問い掛けた。それはわたしが聞き間違えじゃないという事を気付くには足りすぎていて、そして、わたしを喜ばせて混乱させるくらいには十分すぎる言葉だった。すぐにでも頷いて頭を縦に振りたかったのだが、よくよく考えてみれば青空くんがわたしに対してお誘いをするなんておかしいんじゃないかと不信感を覚えて、なんとなく生徒会のドッキリとかではないかと疑ってしまう。いやでもほんとに青空くんだけの彼からの誘いだとしたら。(…、どうしよう)言葉を選びかねて黙ってたままのわたしが否定 しかねて困っているように見えたのか、苦笑いをして青空くんは言った。 「もちろん、嫌なら断って下さって結構ですから」 「っそんな、嫌だなんて!青空くんがそう言ってくれて嬉しいよ!」 迷っていた事で気を遣わせてしまったらしい、それに気付いたわたしが慌てて肯定の意味の言葉を告げると、その剣幕に驚いたのか青空くんは少し垂れた目を見開いていたが、すぐに微笑みを浮かべた。「よかった」彼の微笑みを見ると、甘いそれにわたしもとろけるような気分になる。骨砕けというのはこういう事なのかも しれないな、なんて思いながら、わたしは青空くんと肩を並べて空いている席に向かった。話していたせいでさっきよりは席が埋まっており、二つ並んで空いている所は、真ん中と最後列の間あたりにある席しか無く、自然とそこに足が進む形となったのである。教卓を正面にして、右側が青空くん、左側にわたしが腰を下ろすと、 チャイムが鳴って、ドアから教師が現れた。それを確認したわたしは、持ってきていた教科書を机の上で開いて、筆箱から必要な物を出す。筆箱にはシャープペンシルが三本ほど入っていて、気分でその日によって使い分けているわけだが、今日は隣に青空くんがいて舞い上がって飛び上がってしまいそうな気分を落ち着けるために 、メタリック製のシルバーのシャープペンシルを選んだ。それを持って教卓に立つ教師を見ていると、「さん」青空くんがわたしの名前を呼んだ。まだ辺りはざわざわとしているので、彼の声は教室で浮く事はない。何だろうと右を向くと、青空くんが薄いピンク色のわたしと同じシャープペンシルを持って、微笑んでいた。 「お揃い、ですね」 示し合わせたわけでも、ましてや青空くんと同じそれを持ちたかったわたしが真似をして買ったわけでもない。それなのに、同じものを持っていてたまたまわたしがそれを筆箱から出したなんて。「…すごい偶然」思わず驚いたわたしは声を出す。しかも、青空くんが持っているピンク色は、わたしが欲しかった色じゃないか 。シャープペンシルを買いに行った時、店にはシルバーしか在庫がなく、まあいいかとその色を選んだのだが、やっぱり実際に見てみるとピンク色が可愛かったなと後悔する。それに、その色は、少しだけ彼の髪色に似ているから。じっと青空くんのシャープペンシルを見ていると「…?」彼は不思議そうな表情をした。わたしは、 はっとして「ごめん、なんでもない!」と視線を逸らす。青空くんはそんなわたしを見てから少し考えたようにして、 「もしかして、この色の方が良かったんですか?」 わたしが思っていた事を言い当てた。どうしてわかったんだろうと不思議がりながらも頷くと、青空くんはまた優しく微笑み、そうですか、と言って、何故かシャープペンシルを差し出した。 「よければ交換してもらえますか?」 「え」 「僕、ピンク色よりシルバーの方が良いんですよ。よくよく考えれば、男なのにピンク色って、おかしいですし」 「そんな事ない!ていうかこれ結構使い込んじゃってるから、交換なんて、」 「僕だって同じですよ。それに、僕がこの色を持つより、貴女が持つ方が良いですから」 どうやら青空くん、引く気はないらしい。そうだと言っても彼が無理矢理シャープペンシルを変えてしまう事はなくて、どうですか?とでも言うように鉄壁の笑顔を浮かべてわたしの言葉を待つだけなのだ。彼は、優しい。おそらく青空くんはピンク色が嫌だなんて思っていないのに、わざわざわたしのそれと交換しようと持ち掛けてくれたのだろう。ここまで言ってくれているのに断り続けるのも失礼というものだ、とわたしが「じゃあ、お願いしていい?」シルバーのシャープペンシルを差し出すと、青空くんはわたしの手からそれを取って、代わりにピンク色のそれを置いた。さっきまでわたしが持っていたシルバーのシャープペンシルを手に取った 青空くんが、それを使ってさらさらとノートに文字を生み出していく様はとても不思議で、なんだかむず痒くて恥ずかしい気分になる。けれどそれを見て自分もノートを書かなければいけない事に気付き、青空くんの髪色に似ているピンク色のシャープペンシルを慌ててノートに走らせる。話しているうちに授業は結構進んでいたらしい、早く書かなければ黒板の文字を消されてしまう、と必死になっていると、青空くんがじっとわたしを見ているのに気付いた。もしもう書き終わったのなら、わたしよりも青空くんの方が書記に向いているんじゃないかなんて思いながらその視線を拾うと、青空くんは満足げに微笑んだ。 「なんだか、…ペアルックみたいですね」 天然なのかわざとなのか分からないその言葉にわたしの手からシャープペンシルがすべり落ちた。 それはまるで演劇のような (//100403) |