「ねえ、あんたってさ、遠距離してるの?」
いつの間にそういう話になってしまったのだろう。わたしはお弁当に入っていた甘い卵焼きをほお張りながら、目の前にいる友人を見た。遠距離。きっと、というか確実に遠距離恋愛のことを言っているのだろうけれど。「どうして?」ウインナーに箸を伸ばして、聞いた。
「どうして、ってかって彼氏いるのよね?」
「たぶん」
「というか長門くんよね?」
「…たぶん」
「たぶん、って曖昧ね」
「だってそうとしか言えないんだもん」
少し呆れ気味に彼女は、あそこの席の長門くんよね?と確認するように、彼がいつも座っている窓際の席を見た。今はその本人が不在のため、古びた机と椅子が寂しく並んでいるだけだった。
「わたし、あんた達が並んで歩いてるのを見たことないわよ」
「まあ…考えてみれば、わたし達デートとかしてないし」
「…喋ったとしても一言二言だしデートもしない。まるで遠距離じゃない」
「でもさ、遠距離は会えもしないしデートも出来ないし…それとは違うんじゃない?」
「一緒のことよ!」
わたしは食べ終わったお弁当を直して、長門がいつも座っているその場所を見た。
そういえば、わたし達はいつの間にそういう関係になっていたのだろう。告白らしい告白はお互いしていないし、委員会が一緒で二人とも本が好きだったから、なんとなく一緒にいただけ。休みの日に図書館で鉢合わせたことは何度もあったけど、約束をして一緒に出かけたことなんて一度も無かった。けれど、付き合っていようと付き合ってなかろうと、わたしは彼が好きだ。けれど、彼がわたしを好きなのかは分からない。けれど、わたし達はいつの間にか彼氏彼女になっていた。もしかしてほんとうは、ほんとうに付き合っているなんて少しでも思っていたのは。
わたしだけなんじゃないのだろうか。
とても驚いている。ように見えた。わたしがノックもしないで文芸部のドアを思いっきり開いたせいで長門がこっちを向いたからだ。彼の眼鏡の奥で深い色の瞳が揺れるなんて、滅多にあるはずがないのに。「ごめん」驚かせて、落ち着きが無くて、突然で、ごめんなさい。「あの」長門はずっとわたしを見ていた。少しも動かないで、わたしを見ていた。「あのね」太陽は隠れた。
「長門は、わたしのこと好きですか」
わたしは、長門がとても好き。初めて会ったときに、どうしてか馬鹿みたいに緊張して、長門の顔が見れなかったことを覚えてる。偶然図書館で会ったときも、尋常じゃないくらいとても嬉しくて、声をかけれなかった。わたしのことを覚えていてくれているかどうか不安で、話しかけていいのかどうか不安で、嫌われるのが不安で、どうしたらいいのか分からなくて不安だった。今だってすごく不安。物理的に無理だって長門は言うと思うけど、どきどきしすぎて口から心臓が出てもおかしくないと思う。
おかしいくらい語りつくしてわたしは、はっとなった。
「突然ご「好き」
無機質な声がした。長門は、まだこっちを見ていた。
「何か問題が?」
そんなものあるわけがなかった。
遠距離恋愛
「口から心臓は出ない」「分かってるって!緊張しすぎて苦しいっていう例え!」「…今も?」「長門といれば、嬉しすぎて苦しいもの」「それは、私も同じ」「…(死にそう)」
(//081105)