今日は、白い日。…ホワイトデーというやつだ。今まで俺には一切関係の無かった日だ。バレンタインデーにからチョコを貰った時は正直浮かれまくって幸せ最高峰と言っても良いくらいだったのだが、日が進むにつれ俺はホワイトデーの事に気づき始めていた。そう、バレンタインデーにチョコを貰ったのなら、お返しだ。だが、チョコなんて生まれてこのかた貰ったことのない俺が、ホワイトデーに何を返せばいいかなんて分かるはずがなかったのだ。困り果てた俺は、一番そういう経験が豊富そうな古泉に聞いてみた。癪だったが、この際しょうがない。俺がそれを聞けば、古泉は少し驚いたようにきょとんとした顔をしてから、笑いやがった。なんだこいつ。俺がチョコ貰ったのがそんなにおかしいってのか。そのハンサムスマイルを殴って崩してやろうかなんて考えていると古泉が「すいません、まさか僕に聞いてくるとは思わなかったのですよ」と申し訳なさそうに言った。悪かったな。俺の周りじゃ、お前が一番知ってそうだったんだよ。俺がそう言うと、古泉は「光栄です」と女子生徒に微笑めばイチコロでオチてしまいそうなハンサムスマイルを浮かべた。まじで殴りたくなってきたぞ。その空気を読んだのか古泉は「その相手の女性が欲しがっているものではどうでしょうか」と話を本筋に戻した。誕生日かよ。「同じようなものです。要は、あなたの気持ちですからね。わざわざ僕に聞いてくるということは、どうでもいい方なのではないのでしょう?」それには、返事をしなかった。

古泉の言うとおり俺にとっては、どうでもいいやつではない。SOS団部員の一人でも、魔法使いでもあるが、俺にとってあいつは、なんていうか大事な奴だ。たぶん、これが好きっていうんだろうな。というかあいつは俺が好きなのか?チョコをくれたという事は少しの好意はあるのかもしれないが、この世には悲しくも義理チョコというものがある。チョコをくれたときもはやけにあっさりとしていたし、別にあいつから告白をされたという覚えは無い。あれ、ちょっと待てこれはもしかして俺一人の行き過ぎた妄想で、あれはただの義理チョコだったりしたのか?いやいやそんな馬鹿なことがあるはずはないだろ。だが、から告白をされていないのは事実であり、義理だったのかもしれないという不安が消えないのもこれまた事実である。色々と悩んだが、とりあえずに渡してみることにした。義理でもなんでもチョコを貰ったことには変わらないのだから、返しは必要だ。というか、これはいつ渡せばいいのだろうか。俺が買ってきたへのお返しは今、俺の机の中で眠っている。後ろの席のハルヒにばれてしまわないか心配していたが、なぜか今日のハルヒは休み時間のたびに教室を走り去ってどこかに行っている。それは放課後でさえ同じだった。終了のチャイムが鳴ると同時にハルヒは「じゃあね、キョン!今日のSOS団はあんたに任せるわ!光栄に思いなさい!」と嬉しそうに言って、帰っていった。別に光栄でもなんでもないし、なにかまた良からぬ事を企んでいるのだろうが、部室にハルヒがいないことは今の俺には都合がいい。ハルヒがいたら「どうして今日はそんなにちゃんにつっかかるのよ」とかなんか言われそうだからな。無駄に勘のいいハルヒなら気づきかねない。俺が緊張しながら部室の扉を開くと、椅子に座っていた古泉がこっちを見て微笑んだ。どうやら、まだ古泉しか来ていないらしい。よりにもよってこいつだけかよ。俺が机に鞄を置いていると、目の前から視線を感じた。古泉がにっこり微笑んだままずっとこっちを見ているのだ。気持ち悪い。

「何を言おうとしているのかは分からんが、ハルヒはもう帰ったぞ」
「いえ、涼宮さんのことではありませんよ。今日は、例の日でしょう?無事に渡せたのかと心配になりまして」

俺が返事を言いかねていると、部室の扉がゆっくり開いた。制服である水色のスカートと黒い髪がひらりと揺れるのが目に入る。だ。「こんにちはー、あれ二人だけなの?珍しいかも」ときょろきょろと部室の中を見渡しながらは中に入ってきた。そんなをじいと見ていると、古泉がまた俺を見てふっと笑ったのが分かった。「…ああ、そうだ。先生に呼び出されていたのを忘れていました」と古泉がわざとらしく手をぽん、と打ってから鞄を持った。いぶかしみながら古泉を見ていると「ごゆっくりどうぞ」とウインクをされた。それを見てから、これがこいつなりの気遣いだという事が分かった。少しあからさますぎやしないか。というか何故お前は俺がからチョコを貰った事を知っている。俺の睨みを物ともせず、古泉は爽やかに部室を抜けていった。「じゃあね、古泉くん」とが言ったさよならの挨拶と共に扉が閉まった。ぱたん。決して大きくなんかない音なのに、俺はその音がとても大きく聞こえた。きっと、がらにもなく緊張しているからだろう。が「古泉くんが呼び出しなんて珍しいかも。優等生なのに」と言ったので「むしろ優等生だからこそ呼ばれたんじゃないか?」と俺は返した。心臓の音がやけに大きく聞こえる。言い出すタイミングを探している今の俺は多分、挙動不審だ。…ああ、もう悩んでもしょうがねえ!鞄から、綺麗に包装されている小さい箱を取り出して「」と名前を呼んで俺はそれを手渡した。「今日ホワイトデーだろ?だから、それはこの前のお返しってやつだ」と少し笑いながら言うと、は「あ、ありがとう」と嬉しそうに受け取った。緊張しているせいでいつもより饒舌になってしまう俺の口を押さえてしまいたい。そうだ。普段よりお喋りになっているその口で聞いてしまえ。俺の事をどう思っているかだなんて、今の俺の口なら簡単だろ。さあ、聞け、俺。

「わたし、キョンくんのこと好きだよ」
「俺、の………は!?」

俺は、の気持ちを聞いてしまおうと口を開いたまま、それを閉じれないでいた。好き。すき。よくよく考えてみれば短い言葉だ。ハルヒの苗字の「す」に俺のあだ名の「き」をあわせただけの、簡単な言葉。なのに俺はそれを言い出せずにいた。たった二文字なのに、だ。のその言葉に未だ呆然としていると、「ごめんね、バレンタインのときに、言えなくって」とは恥ずかしそうに笑った。ああ、かわいい。じゃない。そんなことを考えて和んでいる場合ではない。一人焦っていると、「……ええと、キョンくんはさ、わたしのこと、好き?」とが遠慮がちに聞いてきた。チョコを貰って有頂天になって、馬鹿みたいに古泉にまで相談して、今日までこんなに悩んだ。これで俺がを好きじゃなかったら、この気持ちはなんだって言うんだ?「、…好きだ」と消え入りそうな声で伝えると、は嬉しそうに、笑って俺に抱きついた。一気に俺の体温が上がっていく。風邪の時に感じる体温よりも高い気がするのは気のせいか。というかやめろ。お前は俺を殺す気か。下を向けば、の黒い髪が目の前にある。シャンプーの香りなのか、いい匂いがする。やっぱり男とは違うんだな。匂ったことはないが、谷口からはこんな良い匂いはしないだろ。そんなことを考えながら俺は、おそるおそるの腰に手を伸ばした。ぎゅっと、力を入れて、もっとと俺は近づく。ああ、ほんと。俺、こんなに幸せでいいのか。恥ずかしいはずなのに、ずっとこのままでいたい。ああ、これが好きってことなのか。

「なあ、
「なに?」
「こんなことを聞くのもなんだが、どうして俺なんかを、その、…好きになったんだ?」

俺がそう聞くとは俺から離れた。名残惜しい。行き場のなくなった俺の手をゆっくり下ろして、俺はを見る。ふんわり笑ったのまばたきを見て、身体に電撃が走ったように、思えた。

「ねえ、一瞬って信じる?」



一 瞬
ま ば た き 一 回 分 の 時 間 で 、 も う 決 ま っ て い た



(//080314 title by 群青三メートル手前)