幸せな偶然と不幸せな必然



「魔法使いよ!」
「…今お前の手にある本のジャンルはファンタジーだが、それに関係あるか?」
「そうよ!やっぱり魔法は不思議そのものだもの!必要よね!」

授業と授業の間にある休憩時間。次の授業の用意やクラスメイトとの会話を楽しむためのその時間に、ハルヒは大声と共に立ち上がって訳のわからん事を言い出した。とりあえず、今の「そうよ」は俺に対する返答のものか?自分に対するものか?俺がくだらん事を考えているうちに、ハルヒはこつぜんと俺の前から姿を消した。と、同時に廊下を走っていく音が遠ざかっていった。おそらく、あいつはまた新しい犠牲者を探しに行ったのだろう。ああそうだ。そうに違いない。あいつはまた、朝比奈さんや古泉のときみたく、あの狭いSOS団の部室に魔法使いっぽい誰かを引っ張り出してくるに違いない。今度こそ、俺みたいな普通人が来てくれやしないだろうか。だが俺みたいな普通人は、ハルヒの言う宇宙人でも未来人でも超能力者でもましてや魔法使いなんかじゃない。名前通りになんでもない、普通だ。

ハルヒにとって変わったものを探すことはもう、中毒に近い。例えば一日に何回もタバコを吸いたくなるように、ハルヒは定期的に不思議を目にしたくなるのだろう。だが手軽にコンビニで買えるようなタバコとは違って、ハルヒ様ご所望の不思議とやらはどこのコンビニでも売ってない。当たり前だ。もし売っていたとしてもそんな不思議はお断りである。そもそもコンビニで買えるなら、それは不思議として成り立っていないだろ。

見覚えのある黄色いリボンがドアの窓越しにちらついて、ハルヒが帰ってきたのが分かった。あの明るい黄色を見るたびに、蛍光テープを思い出す。車が人を轢かないように、人がハルヒを避けていくように巻かれているようで、あながち間違っていないような気がするからだ。というか間違ってないだろ。俺にしたらアイデア的には凄くいいと思うぞこれ。…、ハルヒが嬉しそうな顔でこっちに走ってきてるわけだが。嫌な予感がする。「キョン!いたわ!いたわよ!」なんだ、ハルヒ。猫から人に変身するやつでもいたか?「なにそれ、漫画の読みすぎじゃないの?そんなことよりいたのよ!隣のクラスに!」だから何がだ。「魔法使いよ!」むしろお前が漫画の読みすぎなんじゃないか?「漫画より小説の方が読んでるわよ!」ああそうかい。「あああっもう!あんたとくだらない話してたら担任が来ちゃったじゃない!見せたかったのに!」後でいいだろ。それは今じゃないと逃げたりするのか?「…逃げないと思うわ」とハルヒは不機嫌そうに、俺の後ろの席に座った。何を見せたかったのかは少し気になるが、今はとりあえず授業に向き合うことにする。今日の暇つぶしは何にするかな。雲でも眺めるか。



「キョン!付いてきなさい!」
「うお、!」

俺が雲を眺めていた間に、授業は終わって放課後になっていたらしい。教室にはあまり人が残っていなかった。廊下を歩く生徒を目にも留めないで、ハルヒは俺の制服の襟を掴んでどこかへ走っていく。何が付いてきなさいだ。これは連行というんだぞハルヒ。朝比奈さんもこんな形で連れて来られたのかと、半泣きでハルヒに掴まえられている朝比奈さんを想像した。まあ、そんな彼女も可愛らしいのである。「ぐ、おっ」妄想をしていたせいで適当に走らせていた俺の足は、突然止まったハルヒの足に合わせることが出来ず、変な止まり方をしてしまった。痛い。変な声を出しちまっただろ。少し恥ずかしくなりながら、俺はクラスのプレートを見た。同じ学年じゃないか。というかここは、

「古泉のクラスだろ。あいつに用事か?」
「違うわよ!今日は古泉くんじゃないの!ほら、あそこ!」

意気揚々とハルヒが指した指先を辿って行くと、そこには一人の女生徒がいた。あまり人の気配の無い教室でぽつりと一人、窓から外を眺めている。残念ながら、後ろを向いているので顔は見えない。カラスを想像させるような真っ黒なショートカットの髪が肩の少し上まで伸びていて、お、こっちを向いた。

ちゃーん!こっちよ!」
「あ、涼宮さん!」

髪の重さとは真逆に、軽い声が彼女から聞こえて、俺は意外さを感じた。漆黒の髪に、大きな瞳。グレー染みた彼女の瞳がぱちぱちと瞬きをする度に、なんとなく、そこから火花が散りそうだった。ハルヒが名前を呼ぶと彼女は椅子から立ち上がって、小走りでこっちへ来る。

「彼女、ちゃん!今日からSOS団のメンバーよ!」
「……は?」
「喜びなさい!また新メンバーが増えたんだから!」

喜ぶも何も、こいつは本人に許可を得たのだろうか。そのさんとやらは、俺の前でハルヒの顔を見て、少し笑みを浮かべている。俺がじいと彼女を見つめているとその視線に気付いて、彼女はこっちを見た。どうしたの、と少しクエスチョンマークを浮かべているような表情を見せる。「…ええと、いいのか?…、さん」とに問うと、「全然いいよ?SOS団って楽しそうだし」となんとも可愛らしい笑顔で応対してくれた。まじか。

「というわけで、私は先に戻ってるから、キョン!あんたはちゃんと一緒に部室まで来なさい!」

それだけ言い残すと、ハルヒは風のようにどこかへ走り去ってしまった。残された新メンバーのと俺は、思わず顔を見合わせる。彼女は会話を交わさずとも、俺がどうして欲しいか分かったらしい。は教室に入って自分の鞄を手にとって「じゃあ、行こっか」とまたあの微笑みを浮かべた。朝比奈さんの邪気を感じさせないピュアな笑顔とはまた違った感じの、柔らかい微笑みに俺は思わず魅入ってしまい、「……お、う」と変な返事を返してしまった。恥ずかしい。

部室に行くまでの間、にいつハルヒに目を付けられていたのか聞いてみると、どうやらあいつはさっき魔法使いがなんだとか言って教室を出て行ったときに、に声をかけたらしい。俺にとって、突拍子も無いハルヒの行動はいつものことだが、は結構驚いたらしく、「最初は、わけがわからなかったよ」と苦笑して窓の外にある景色を眺めた。もう夕陽に染まってきている。

「あいつにどう言われたんだ?いきなりSOS団に入れって?」
「ううん、何か、フュリアに似てるわよ!とかなんとか言われて、結果的に入ることになった、かも」

読めた。あいつの考えが読めた。フュリアってのは、ハルヒが最近読んでた魔法使いばかり出てくるファンタジー小説のヒロインだ。ヒロインのくせに、主人公の剣士よりとてつもなく強いという、恋愛要素皆無の魔法世界の話だったはずである。で、がそのフュリアにイメージが似ていたというだけで、あろうことかハルヒはをSOS団に組入れやがった。ほんとに呆れるほど自由な奴だ。

「わるいな、巻き込んじまったみたいで。だが諦めろ。残念だが、もう逃げられやしない」
「逃げたりしないって。逆に涼宮さんから近づいてきてくれて嬉しかったかも!手間が省けたからね!」

さっきまで柔らかく見えていたの笑顔が、なんとなくしてやったり、というようなそれに見えた。まさか。この感じを、俺は前に感じたことがある。デジャブってやつだ。鮮明によみがえる、異世界人たちとの会話。超能力者の古泉にその表現は間違っているかもしれないが、あいつは何となく雰囲気が気持ち悪いのでそういうことにしておく。

「………なんとなーく聞きたくは無いが、どういうことだ?」
「だってわたし、魔法使いだし」

は、これまで見た中で一番、にっこりと深く微笑んだ。まるで、魔法をかけられてしまったかのように、頭にこびりつく彼女の笑顔は冗談抜きで、綺麗だった。

(//080225 title by 1204)