愛してる。好きだけじゃ言い足りないその言葉を飲み込んで僕はただただ彼女を視界に映す。ここは、ロマンチックに観覧車がネオンを放つ夜の遊園地でも、海を歩く風が僕たちの頬を撫でる優雅な船上というわけでもなく、なんてことない、いつもの文芸部用の部室だ。ここでそういった甘ったるいものを捜し当てるならば、少しだけ差し込むオレンジ色の夕焼けとか、いま僕とさんが二人きりでいることくらいだろう。まあ青春謳歌を目的をする高校生的には、十分にロマンチックなシチュエーションかもしれない。
俯いて本に没頭しているせいで、長い睫毛が彼女の大きな瞳を少し隠して、陰らせていた。確かあの本は、以前長門さんが読んでいるのを見掛けたことがある。こういったことは前にもあったので、おそらくさんの持っているあの本は長門さんに借りたのだろうと推測した。なにより、彼女は長門さんと仲がいい。さんの長くて白い指が紙をめくる度に、薄い音だけが静かな部室に響く。それはおそらくここに唯一存在する音で、僕はそれがなければ今この状態を保っていられたかは不明だ。何も言わずに色で自分を表す夕焼けが、独り言でも言いから話し続けてくれればいいのにとさえ思っている。じわじわと実感してきているが、日々を重ねる度に、僕の頭に彼女が浮かぶ度に、僕は嫌な事に気付いて、どんどんおかしくなっていた。さんに関する事になると、一般的な判断が出来なくなってしまっているのだ。彼女が僕以外のものに笑顔を向けたとき、いや、僕にさえ笑顔を向けてくれたときでさえ、言葉ではうまく言い表せないものが胸の中で渦巻く。嫉妬のような執着のようなそれが何なのかよく分からないが、僕にとってあまり良いものではない事は気付いていた。
突然さんが分厚い本から顔をあげて、時計を見た。僕もそれに倣って、どこにでもあるようなシンプルな壁時計を見ると、長針が12を、短針が5を指していた。とてつもなく長く感じていた彼女との二人の時間は、まだ1時間ほどしか過ぎていなかった。
「今日は、誰も来ないね」
僕はあなたがいればそれで良いです。嘘でも口説き文句でもない本音をぼんやり考えながら「そうですね」とさんの呟きに答える。「そういえば確か…、授業が終わると、すぐに涼宮さんが彼の首元を掴んでどこかへ行ったのを目撃しましたよ」さんの表情が一瞬だけ、氷のように、ぴん、と張り詰めた。僕のこの想いが涼宮ハルヒの願いで、僕からの僕だけの想いでなかったらどれだけ良いだろう。彼女のこの表情を見る度に思うけれど、それは独りよがりの勝手な考えで、決してそんなことはない。
「そっか、もうこんな時間だし…今日は古泉くんと二人だけかな」
せっかくだから話でもしよっか。さんはそう言って、膝に乗せていた本を目
の前の机に託した。「こうやって二人で話すのは、とっても久しぶり」彼女は酷く綺麗に微笑んだ。真っ黒な髪が、少し朱色に染まっていく。
「さんは、」
「なに?」
「涼宮ハルヒを、彼女の言うSOS団で、このまま見続けているだけで良いと思いますか?」
さんは大きな瞳を僕だけに向けていた。「そうね」わざとらしく首を捻ったりしていたけれど、彼女が考えているようには見えなかった。「きっとたぶん、わたしは古泉くんと同じ意見よ」椅子から腰をあげたさんのスカートが揺れて白い足が覗く。
「だって、皆が好きだもの」
また笑う。わからないとは、もう言えなかった。もうわかってしまったのが、本当だからだ。鞄を持ったさんは「おいしいクレープ屋さんがあるの、古泉くん」そう言って、ドアノブに手をかけ、僕を振り返る。僕はきっと君からの愛が欲しいけれどそれよりも君が欲しくてたまらないのだと思う。閉じ込めて誰の目にも彼の目にもとまらないどこかに置いてしまいたい。だから僕が君を抱きしめてしまったり唇と唇をあわせてしまったり、ほんとうにこんな馬鹿らしいことをしてしまわない前に、はやく
「…僕は、苺クレープが食べたい気分です」
はやく僕だけの君になれ
(//090501)