もう授業終わった?久しぶりに会えないかな?

こんなにも短い文なのに、わたしはこの文章を考えて送るまでの間に一時間もの時間を費やしている。その理由には、彼氏、というか古泉にメールを送るというのが慣れていないのもあるけど、それほどまでにわたしは彼が好きだったから。自然と時間を必要としてしまうのだ。だって直接会って話しているなら表情で何を考えているかは分かるけど、携帯を通してのメールのやり取りだけじゃ、なにも読み取れやしないじゃない。だからわたしはいつも、差しさわりの無い文章を一生懸命にねってねってねって、戸惑いながらも送るのだ。冷たい機械の文章だけで、嫌われてしまわないように。  なのに。『すいません、今日もまたSOS団の活動があるんです』古泉はまた全く同じ文面でわたしに断りを入れてきたのだ。この理由で断られるのはこれで何回目だろう。彼から来たメールは消してなどいないが、そんなことを数えても空しくなってしまうだけだ。きっと泣けてくる。なのでわたしはその、古泉から来たメールをじいと見つめた。わたしだって最初のうちは、あのハンサム面がこの画面の向こうで申し訳なさそうに眉をハの字に曲げているんだろうなあ、なんて想像したらにやにやしちゃって許せてたけど、こんなにも回数を重ねられれば別だ。いくら古泉がかわいい笑顔を浮かべようと、……浮かべようと許しません!(迷ってなんかないんだから!)

そもそもSOS団っていうのは、ええと、確か部活だったはずだ。少し前に古泉に聞いてみたけど、「同好会や部活のようなものです」と曖昧な表現と一緒に笑顔を浮かべていたけど、あれは本人もよく分かっていないような顔だ。どうしてそんな訳の分からないものに所属してるんだろう、と思ったがそれは口に出さなかった。思慮深い彼のことだし、きっと何か理由や考えがきちんとあるのだろうと思っていたからだ。だが今はそう思って聞かなかったことを物凄く後悔している。わたしと古泉は付き合ってはいるが、別の高校に進学してしまったため、彼の学校のことは本人に聞かなければ誰からも情報は入ってこないのだ。ましてやバスケ部だとか文芸部だとか、そういった分かりやすい部活動ではないSOS団は謎以外の何物でもなかった。その上、そのSOS団とやらの部員は女の子ばかりらしい。はっきり言ってわたしは不安でならなかった。自分に魅力があるわけじゃないし、なによりも顔も頭も人柄もいい古泉がどうしてわたしを好きになったのか今でも不思議に思っているくらいだ。不安になるのも当たり前である。それなのに古泉は毎度毎度あのメールで断りを入れてくるのだ。きっと古泉はよく分からない部活に足を運びながらかわいいかわいい女の子たちに毎日ハンサムスマイルを向けたりしてるんだ!なんなの、もうそれなら涼宮さんって子と付きあっちゃえばいいじゃない!
…うそだ。自分で言っておいてなんだけど、たぶん本当にこの言葉の通りになればわたしはこれ以上ないくらいに傷つくだろう。だってわたしは彼がほんとうに大好きだから。





わたしは太陽に照らされた大きな建物を見て目を細めた。一歩、二歩下がって全体を見渡す。校門横の壁には『県立北高等学校』と立派な字で書かれた表札があった。まじまじとそれを見ていると下校している生徒に変な目で見られて、わたしは思わず顔を背ける。ここに来たのは、もちろん古泉に会うためだ。まあ、少し不安になりすぎたせいで、わたしが古泉の彼女のままでいいのかを確めにきたというのもあるが。ここに来るまでには長い長い坂があって、その長さにわたしは、この頂上にこんな校舎が建っているだなんて素直に信じれなかった。そのおかげで、やっぱり道を間違えたかと何回も地図を見返したくらいである。今わたしの目の前には少し古びた校舎があって、この中に古泉がいるのだ。そう思うと不思議な気分になって、またぼんやり校舎を見上げた。(というか)勢いでここまで来たはいいが、部外者であるわたしが勝手に校舎に入っていいのだろうか。その気がかりに落ち着かなくなって、わたしはまた頭を悩ませる。踏ん切りさえつけば校舎に入るなんて大したことはないのだが、思い切って決心をつけることは難しくて、わたしは足を止めたままでいた。後ろを振り返れば長い長い坂がわたしを迎えていて、慌てて校舎に向き直った。まだ帰らない。まだ、会ってない。

校舎から出てくる生徒がいなくなったせいか、周りには誰もいなくなっていた。行こう。目の前にある建物の方へ足を浮かせた瞬間、わたしが決意に満ちた表情で前に向き直った瞬間、とおくとおく、校舎の近くに見慣れた人物を見かけて、わたしの足はそのまま地面に下ろされた。一歩も進めてはいない。その人はわたしを見つけると驚いたような顔をしたけれど、すぐに嬉しそうに笑みをつくった。久しぶりに見た笑顔に、わたしは思わず身体を強張らせる。そのまま固まっていると、彼は急いでわたしの目の前まで来た。ぱちり。間近で目を合わせるとわたしの中に電流が流れたような痛みが走って、そして彼のあまりの綺麗な瞳に顔が紅潮した。「さん」やさしい。泡立ったせっけんの上辺だけをそおっと触ったような、やわらかい感じ。つっぱっていて、つっぱっていない。そのまま彼は聞きなれた声で、

「さっきの約束、まだ有効ですか?」



恋風コロニー
ああ、 もう、だいすきだ

(//080517 title by シルクロード奇譚)