「枯れるから咲かないのか?」 わたしの部屋に飾ってあった満開の桜の木の写真を見て、スパナはそう言った。たぶん彼がそう言ったのは、以前わたしが彼に桜はすぐに散ってしまうと説明してしまったからだと思う。「散ることと、枯れることは違うのよ」とスパナに言うと彼は返事をせずに首をかしげ、そのまま考え込んだ。こうやって考えに没頭してしまうのは技術者らしいというかなんというか。まあそんな所も彼らしくてわたしは気に入っているのだけれど。 「でも、結局は枯れる」 「…それを言ってしまえば終わりじゃない」 「けどそこが花のいい所だってあんたも言ってただろ?」 「言った?」 「言った」 そうだっけ、と今度はわたしが首をかしげて考える。その会話を思い出そうとしたが、なぜか全く覚えていない。まあスパナとこうやって会話することは比較的多いから、忘れてしまう会話があってもおかしくないだろう。そう思ってしまうほど、彼はわたしの部屋を訪れているのだから。わたしが日本人だと知ったときから、彼はどうしてかわたしに興味を持ったらしい。それはわたし自身になのか、日本人だからなのかは分からないけど、たぶん後者だと思う。だってスパナはわたしの部屋に来るたびに日本の写真を見たがったり、お茶を入れてくれとねだったりするのだから。最近は、わたしの知らない間に勝手にお茶を沸かすようにもなった。わたしがお茶を淹れていたのを隣で見ていたときに、きゅうすの使い方を覚えたらしい。(無駄にちゃっかりしてるよ)(ほんと) ソファに座って本を読んでいると、スパナがお茶を淹れてきてくれた。また勝手にお茶を沸かしていたらしい。「ありがとう」とそう言って彼から湯のみを受け取ったときにスパナの手が少し触れた。ひんやりとした冷たさに驚いていたその反面、湯のみがとても熱くてわたしは思わず溢しそうになった。危ない。そんな風にわたしが一人で暴れていると「いつ飲んでも美味いな」とスパナはまるで惚れ惚れするといったように言った。その彼の表情が可愛くて、わたしは彼を見つめる。スパナは時々こういう表情をする。例えばモスカを完成させたときだとか、新しくアイデアが浮かんだときだとか。まるで子供のように顔を緩める瞬間。あまり見ることが出来ないけど、わたしはこの表情が好きだ。 「茶にもたくさん種類があるが、緑茶が一番美味いな」 「わたしは紅茶も美味しいと思うけど」 「あれはナンセンスだ、。茶ほど神秘的で素晴らしいものはない」 スパナはそう捲し立てるように言うと、彼の手元にあった湯飲みのお茶を飲み干した。そしてまた湯飲みにお茶を注ぐ。そう言っても日本人のわたしからしてみれば、いつも飲み慣れているお茶よりもあまり口にしない紅茶の方が良いのだ。だからといってお茶が嫌いなわけでもない。たまには飲みたくなるときもある。今度彼に和菓子でも作ってあげようか、なんて思っていたらスパナが座っていたわたしの隣に腰を下ろした。ベットのスプリングが音を立てる。もちろん彼の手元には、お茶が入った湯のみ。 「まあ…茶が神秘的なのは、ウチがあんたをそう見てるからなのかもな」 「…どういう意味?」 「そーゆー意味だ」 「(そういう意味ってどういう意味よ)」 思わず本から顔をあげてスパナを見るけど、スパナはわたしと顔を合わせやしない。わたしがそうしていると、スパナはさっきまでわたしが読んでいた本に視線を落とした。 「あんたは分かってるはずだ」 本に視線を合わせたままスパナが言ったその言葉にわたしは思わずどきりとする。(分かってるって)(何を)たぶんそれはもう分かってる。けど心の奥で止まってるだけ。目を泳がせながら、心臓を高鳴らせる。「犯人はあの魔女だってな」と訳の分からないことをスパナが口にしたのを聞いて、わたしは(ああ)と納得した。彼はわたしが持っていた本の文章を読んでいただけで、わたしに向けて言ったわけじゃなかったのだ。(無駄に緊張させられて損した!)気分を落ち着かせながら溜息を吐いていると「」とスパナがわたしの名前を呼んだ。また彼のほうを向くと彼の細っこい手が目の前にあって、思わず目をつぶる。こつん。小さい音が聞こえたと同時におでこに痛みを感じた。何するの、と目を開くとスパナの顔が近くにあってわたしは言葉を飲み込む。 「ウチが言わなくても、あんたは分かってるはずだ」 (//080331 title by 1204) |