あ、




あ、手袋わすれた。やばい。お天気おねえさんが今日は物凄く寒いとか言ってたのに。どうしよう。忘れたことを思い出したら急に手が冷えてきたような気がする。今から家に取りに帰ろうかな。いやでももうほとんど歩いちゃったしな。全く、目的の場所に近づいてから思い出すとか、ほんと。気付くの遅すぎたな。どうすべきか考えているわたしに「やあ、」とリュウがなんとも爽やかに声をかけてきた。せっかくなので少し話をしていると、リュウもわたしと同じ場所に向かうという事が分かったので、一緒に行くことにした。(…あーあ)最初から約束をしていたのなら、少しは女の子らしい可愛い格好をしてきたのに。今のわたしの格好は別に可愛らしくもなんともない。普通の、いつもの服装だ。違うのは、手袋が無いことだけ。

「寒いね」
「そうですね。まあ冬だからしょうがないさ」

冷えていく手をこすり合わせてなんとか体温を上げようと努力するが、そんなことくらいでは一向に暖まらなかった。さっきも口にしたけれど、寒い。文句を言ってもしょうがないので、気を紛らわすために思いっきり息を吐いて白いモヤを作り出した。消えては作って、消えては作って。それを繰り返しているとき、隣で歩く度に揺れているリュウの手がわたしの目に入った。(…手)(繋いでみたい)男なのにあまりごつごつしてない、綺麗な手を見てわたしはそんなことを望んでしまった。もしそれを言ったら、リュウは驚くだろうか。結果的には繋いでくれると思うけれど「手をつなぎたい」だなんて、そんなこと言えばなんだか馬鹿にされそうな気もする。触れそうで、触れない。そんなもどかしい距離にやきもきする。どうしよう。こういうのって自然と繋いじゃったほうが、普通なのかな。無駄に固まっちゃってたら不自然にみえるのかな。というか、もしかしてこうやって二人並んで歩いてるだけで自然と付き合ってるように見えちゃったりするのかな。これ。そうだったらどうしよう。いや、どうしようっていうか恋人に見えることは嬉しいんだけどそれならむしろ手を繋いだ方がいいというかなんというか、ああ、もう、とりあえず繋いだほうが、いいよね!意気込んでから、わたしは思い切ってリュウのほうに手を伸ばしてみる。少しだけ、わたしの手がリュウの手に触れた。(、!)その彼の手の暖かさにやけに緊張させられて、せっかく近づいていったわたしの手は、離れてしまう。手を繋ぐだなんて、やっぱりわたしには無理だ。でも、繋いでみたい、とリュウの方を見るとばっちり目があってしまった。やばい、と固まっていると、リュウはその後にこれでもかと言うほど嫌味たっぷりに溜息を吐いた。なんなの!

「手をつなぎたいなら、そう言えばいいのに。素直じゃないね」
「!べ、つにそういうわけじゃないもんね!」
「そんな強がりが僕に通じると思っているんですか?」
「…う」

リュウにそんな強がりも嘘も通じるだなんてもちろん、思ってもいない。そんなことは分かってるけど、強がらずにはいられないのだ。そういう性格なんだもん。しょうがないじゃないか。今だ虚勢を張っていると、リュウが突然わたしの手をとった。(ちょ、っ…!)わたしの手に触れたリュウが「冷たい、」と言葉をこぼす。そんなにもわたしの手は冷えていたのだろうか。冷え性のせいで、一般的な手のひらの体温が分からなくなっているわたしには、自分の手が冷えているだなんて思いもしなかったのだ。冬はいつもこれくらい冷えているから。「そう?」とわたしが返すと「そうです」とリュウが少し怒ったようにわたしの手を握りながら言った。リュウの手は、わたしの手と違って、とても暖かい。リュウに手を握られているだけで、なぜか全身がぽかぽか暖まってきた。あれ、おかしいな。どうしてだろう。「馬鹿な意地を張っているから…」とリュウのわたしを責めるようなその言葉に、思わず「ご、ごめん」と謝ってしまう。

の手が暖まるまで、僕はこの手を離しませんから」
「は、え?」

さらりと恥ずかしいことを言ってのけたリュウに、わたしはどきどきした。胸が異様に高鳴って、さっきよりも体温が上がっていっているのが自分でも分かった。リュウと唯一繋がっているこの手を伝って、胸の音が聞こえてしまわないかと心配になる。少しでも落ち着きたくて、空いているほうの手をぎゅっと握りしめた。悔しかったから、わたしは仕返しのつもりで、あと、ちょっとだけ、リュウの手を強く握り返す。びっくりした顔でリュウがこっちを見たから、わたしはそっぽを向いて目を逸らした。恥ずかしすぎて、顔なんて見てられない。明後日の方を見ていると、リュウからふっ、と笑うような声が聞こえた。(なにこいつ)(今絶対バカにした)

「これはおしおきですよ。…むしろ、しつけですか」
「わたしはリュウのペットですか」
「大して変わりないと思いますけどね」



手袋の下の体温
き  み  と  い  う  な  の 


わたしは、リュウが好きだ。面と向き合って好きと言えないのも、休みの日に突然会ったのに嬉しい顔が出来ないのも、他にもたくさん、数えられないくらいリュウには意地を張ってきた。これが照れ隠しなのはリュウにはきっと、ぜんぶお見通しなんだろうな。

(//080308 title by hazy)