叔母の家に飾ってあった、ラルースの夕暮れと一緒に写るポケモンたちの写真。わたしはそれが大好きだった。子供の頃のわたしには、そこに写っていた見たこともないポケモンに心を惹かれたのか、写真そのものに心を奪われたのかは分からなかったけど、とにかくわたしはその写真を気に入り、暇さえあれば叔母の家へと足を運んでいた。そのときわたしは「ねえ、おばあちゃん。この写真は誰が撮ったの?」と叔母に聞いた事がある。そのとき叔母は「おばあちゃんの、大好きだったひとから貰ったのよ」と少し悲しそうに、笑った。「おじいちゃんの事?」とわたしが聞くと、叔母は困ったような顔をしてふるふると首をふった。わたしは、おばあちゃんにはおじいちゃんの他にも大事な人がいるんだな、と軽く思っただけでそのことを深く考えもしなかったし、追求もしなかった。子供なりの、単純な考えだったのだ。今考えればきっと、あれはおばあちゃんの初恋の人から貰った贈り物なんだと思う。(…ちょっと考えすぎかな) わたしにとって、写真を撮ることは生きがいになっている。あの写真のように、心を動かされる写真を撮りたかった。ポケモンも、人も、風景も、すべてこのカメラとわたしの記憶に残したかった。あのとき叔母の家であの写真を見なければ、わたしの人生は全く違うものになっていたと思う。そして密かにわたしはあの写真の作者を探している。叔母の好きになった人はどんな人だったのかとか、そういうやましい考えじゃなくて、単に写真に対する憧れとしての気持ちでその人を探している。けどこの広い世の中、そうそう簡単には見つからない。普通なら焦るべきなのだろうけど、人生も長いわけだしゆっくり探していけばいいかなとわたしは思う。ほんと、暢気な性格だ。 「…よし、そろそろ降りよっか」 わたしの手持ちポケモンであるムクホークの頭を少し叩いてそう指示すると、元気に鳴いてゆっくりと高度を下げた。空から見れば豆粒のように小さかった街が、だんだん大きくなっていく。いつの間にか周りには見慣れた建物が並んでいた。どうやら地上に着いたらしい。運んでくれたムクホークにお礼を言って、モンスターボールの中に戻らせた。腰ポケットにボールをしまっていると、「おや、じゃないですか」と後ろから聞きなれた声がした。とてつもなく嫌な予感が背筋から全身を駆け巡る。振り向きたくない。激しく振り向きたくない。けど、そうしないともっと嫌なことが起きてしまうような気がする。しょうがなく後ろを振り向くと、そこには、サウスシティにある学校で同じクラスのリュウが立っていた。「…、リュウ」と名前を呼ぶと彼は口端をゆるくあげた。その動きが嫌味に見えて、わたしはうげ、と声を出す。リュウは悪い奴ではない。少しキザで自意識過剰なだけだ。(…まあ)(わたしはそこが気に入らないんだけどね!)同じ歳には珍しい口調の敬語も、嫌味な行動に見えてくるから不思議だ。よく考えればそれは彼の几帳面な性格所以の礼儀正しい行動なのかもしれないのに。 「もしかして君もバトルタワーに挑戦ですか?」 「え?ううん、違うよ」 バトルタワーはタッグバトルのみを対決手段として作られた闘技場みたいなものだ。ここラルースに訪れる理由は、そのバトルタワーを目的として集まった人が多いといえる。「…君もってことはリュウは出るの?」とリュウに問うと「ええ、ショウタと一緒にね」と彼は自信満々の顔を浮かべて言った。前々からバトルタワーには少しだけ興味はあった。ポケモンバトルは嫌いではないし、タッグバトルをやったことをないわけではないけど、わたしの手持ちポケモンは戦闘用に育てられてはいないのだ。ほとんどは、写真を撮る場合に手助けをしてもらうだけ。むしろバトルよりも、コンテスト向きだと言えるかもしれない。まあ、コンテストなんか出場したこともないし、きっとこれからも出ることはないだろうけど。 「バトルタワーではないということは、はまた写真を撮りに来たんですか?」 「そう。ここはとても綺麗だから」 サウスシティが気に入らないわけじゃないけど、と首から提げているカメラを見つめて、わたしは言った。これは両親に貰ったもので、彼らが付けた古傷が目立っているけどわたしはこのカメラが大好きだ。だから、あまり手放したことはない。嬉しいときも悲しいときも、いつも一緒。「ああ、そうだ。に一つ、お願いがあるんです」とリュウが思い出したようにわたしに声をかけた。リュウがわたしに、お願い。考えてみるけれど、彼がわたしに何かを頼むという理由が思いつかなくて首を傾げる。一体、何があるというのか。悩むわたしに「そんなに難しいことじゃないですよ」とリュウが笑って告げた。少しむっとしながら、なんなの、とリュウに聞くとまた口端をあげた。 「僕を撮ってくれませんか?」 とる。撮る。…撮る?それは、自分を写真におさめてくれと言うことなのなのだろうか。自ら写真を撮ってくれだなんて、そんなのよっぽど自分が好きじゃなければ言えない台詞だ。焦って目を泳がせるけど、リュウは混乱するわたしを気にする様子もない。でも昔から、そういった感じの性格だとは思ってた。鏡を見て髪型とかセットしてそうだし、やわらかい物腰がそういう雰囲気をかもし出してた。いやいやそんな馬鹿な。わたしの勘違いで、でも、あれ、おかしいな否定できないぞ。そんなの、もしそうならリュウはアゲハント。ちがう。リアリスト。これもちがう。ええと。 「ナルシスト!」 「違います」 単語は正解していたらしいけど、どうやらリュウはそうではなかったらしい。あれ、違うのか。でも自分を撮ってくれだなんてナルシストじゃなければ、言えないはず。ううむ、と余計に首をかしげていると「そういう意味で言ったのではありませんよ」とリュウが呆れたように溜め息を吐いた。失礼な奴だ。「じゃあどういう意味で言ったの」とわたしはリュウにそう聞くと、少し考えたように視線をそらしてから、ゆっくりわたしの方を見る。いつもみたいに口端をあげるでも、笑うでもなく、真剣な顔をしてこっちを見たせいでわたしは無駄に緊張させられた。(言うなら早く言えばいいのに!)どぎまぎしながらリュウの言葉を待っていると、彼はそのままの表情で口を開いた。 「君から見た僕が、どう写っているのかが知りたいんですよ。ただそれだけです 」 わたしは意味が分からなくて、また首をかしげて目を泳がせる。ちょっと待て、わたしから見たリュウを見たい、ってどうして?みんなから見たリュウと、わたしから見たリュウは、違うのかな。きっときっと同じだと思うし、別にきらきら輝いてなんかいない。ましてやハートが飛んでいるわけでもない。もう一度リュウを見る、あれ、なんかさっきより光ってるような気がするのは気のせいですか。いやきっと誰かが近くでフラッシュ使ってるんだ!リュウが光って見えるとか、そんなわけあるはずないから!リュウはふう、と溜め息を一つ吐いて詰襟の首まわりを直した。このいつもの仕草も、わたしの心臓を高鳴らせる理由にしかならなくて悔しくなる。そういえばこいつ、顔はよかったんだった。 「バトルタワーで待っていますね」 優しく撫でるように頭を叩いて、リュウはわたしの隣を通り過ぎていく。慌てて振り返ると、さっきわたしの頭を撫でたその手がひらひらとさようならの挨拶を示していた。まだ彼の体温が残っているような気がして、わたしは思わず自分の頭を触る。「ねえ、まだOKの返事はしてないけど!」と後姿のリュウに声をかける。もうわたしの心ではリュウを撮ることは決めてしまっているのに、このまま彼に流されてしまうのは癪だった。(あんたなんか、)(嫌いだったのに!)でも確実にリュウに心を奪われているわたしがいるのも、自分では分かってる。分かってるからこそ、 「あなたが素敵な写真を撮ってくれることを祈っていますよ」 反抗したかった、のに。 I'm choosy. (ぼくは好みがうるさいんだ) |