Was anything changed?




*君が好きだよ、と言ってたなら*

昨日、廊下で君とすれ違った。
今日、裏庭で君を見かけた。
明日、きっと最初に僕は教室で君を見かける。

「おはよう」
「おはようございます」

僕らの一日はこれから始まって、これで終わる。(たまに「ばいばい」もあるかもしれない)まあ、しょうがないといえば、しょうがない。ただのクラスメイトである僕たちには何も接点なんか無くて、しかも席でさえ近くない。僕は左から5列目の前から3つ目。は一番左の列の前から4つ目。むしろ遠いだろう。彼女の声が聞こえたときに、盗み見るのも不自然な場所だ。初めて、自分のくじ運の悪さを呪いたくなったほどである。


今日も僕は、彼女にさようならも言えなかった。なぜかこの頃は放課後になるとすぐに鞄を持ってどこかへ走り去ってしまうのだ。何か用事があって早く帰っているのかと思っていたのだが、さっき彼女の友達が「今日も帰り遅くなるのかな。ほどほどにしとかないと、帰り道危ないのにね」と心配そうに話していたのを聞いた。は家に帰っているわけじゃないのか。どういうことだろう。頭を悩ませていると担任が僕を呼び出す校内放送が流れて、僕は慌てて鞄を持って職員室へと向かった。

「失礼しました」と形だけの挨拶を済ませて僕は職員室から出た。さっきの呼び出しの理由は生徒会に入ってみないかという呼びかけだったのだが、生憎そんなものには興味は無かったし、そんなことをしているくらいならバシャーモを育てるほうが良いだろうと思ったのでやんわりと断っておいた。そういえばポケモンフーズがもう少しで無くなりそうだったことをふと思い出した。帰りにでも買って帰ろうか、なんて思いながら職員室から下駄箱へと向かう途中にある踊り場で、僕はまたあることを思い出して足を止めた。

この廊下の突き当りには、音楽室がある。昨日の夜、「リュウお兄ちゃん知ってるー?放課後の音楽室からお化けの声が聞こえてくるんだって!」とオードリーが口にするとキャサリンが「こわいよね!」と不安そうに困ったような顔をしていたのを思い出した。どうやら放課後の音楽室には、いわれの無い噂が流れているらしい。といっても、昨日妹達がそう言っているのを聞いただけで、実際にそんなことがあるという話は同級生達から一度も聞いた事が無い。僕はオカルトとかそういった類のものを信じているわけじゃないが、今にも何かが飛び出してきそうな雰囲気をかもし出しているのは分かる。まあ、でもきっと雰囲気に呑まれたやつが幻聴を聞い、「(……!?)」音が、聞こえる。それが何の音かは判別できないが、どこから聞こえているのかは分かる。その、例の音楽室だ。思わず僕は好奇心が湧いてきて、廊下に音が響かないようにゆっくりと歩きながら、僕の足は音楽室の前で止まる。そろり、とドアに付いてある窓から中を除き見るが、うす暗くて何も見えやしない。どうやら、ドアを開けるしか方法はないようだ。(…しょうがない)僕は決意を決めてゆっくりドアを開いた。置いたままになってあるたくさんの楽器が見えた、と思ったときその中で何かが動いているのが分かった。「誰ですか!」と勢いよくドアを開くと、その何かは動きを止めてこっちを向いた。あれは人影か?闇の中からゆっくりこっちに近づいてきた何かは、足元から姿をあらわにした。(まさか)

「……え?」
「…?」

さっき教室を慌てて出て行ったと彼女の持ちポケモンであるロゼリアがそこに立っていた。どういうことだ、とを見ていると彼女の手元に一つの楽器が握られていることが分かった。見たことのあるそれを見て「ヴァイオリンですか?」と僕がそう聞くと「う、うん。練習してたんだけど…もしかしてうるさかった?」とは申し訳なさそうに言った。なるほど、そういうわけか。には悪いがお世辞にも彼女のヴァイオリンは、うまいとは言えなかったものだったので、それを聞いた生徒が亡霊の声と聞き間違えた。それがこの幽霊騒動に繋がったのだろう。これを彼女に伝えるべきかは迷ったが、傷つきそうだったのでとりあえず言わないことにした。「ヴァイオリンのコンクールか何かがあるんですか?」と彼女に聞いてみると「ううん、もう少しでコンテストがあるから。ロゼリアと練習してたの」とは答えた。コンテストか、と勝手に納得する。確かには、性格的にもどちらかというと戦闘をするより、魅せるコンテストの方が合っているかもしれない。

「今、わたしはバトルしなさそうだとか思ったでしょ」
「おや、そうじゃないんですか?」
「そうじゃないんですよー。今までバトルしかしたことなかったから、一度コンテストも受けてみようかなって思っただけ」
「へえ…意外だな」

本当に、意外だった。彼女がバトルしている姿はあまり見たことが無かったし、なにより彼女自体が戦闘を避けだがっている感じがしたから、なんとなく嫌いなのではないかと思っていたのだ。(まあ)(勝手に思い込んでいただけなんですけどね)そのとき、チャイムが鳴り響いてはびくりと肩を震わせた。ああ、そういえばバシャーモにポケモンフーズを買いに行くんだった。それに、早く帰らないと二人だけで家にいる妹たちが心配だ。僕がに「すいません、用事があるので僕はそろそろ帰りますね」と告げると「あ、うん。ごめんね、ありがとう」とは笑って言った。ヴァイオリンを持っていない方の手をひらひらと振るを見て、思わずふっと僕も笑みをこぼす。

「明日も、聴きに来てもかまいませんか?」
「え?…わたしのこんな下手な演奏でよければ、だけど」
「もちろんです」

実際言ってしまえば、彼女のヴァイオリンが下手であろうとプロ級のうまさであろうと、そんなの関係ない。僕はヴァイオリンを聴きに来るのを口実としてに会いに来ようとしているのだから。僕はこのきっかけを期に、おはようとさようならを超える時間を作りたいのだと思う。音楽室を出ようとに背中を向けると「リュウ、」とが突然僕の名前を呼んだ。今日初めて彼女に呼ばれたその名前に自然と緊張が走る。どうせ、ばいばい、だとかそういう挨拶だけで何もないんだ、と思っているくせに、心の奥では何かあるから呼び止めたんじゃないかと無駄な期待をしてしまう。そのときなぜか、花のような甘い香りがした。それはロゼリアの持っている薔薇の香りなのかも、彼女の匂いなのか分からないけど、良い匂いだと思った。ゆっくりとの方に振り向くと、不思議そうな顔をして僕を見ていた。

「わたしのヴァイオリン、そんなに気に入ってくれたの?」
「そうですね。…嫌いではありませんよ」

(僕が好きなのは君のヴァイオリンだけじゃないんですけど、ね)