いつも通りカフェに間に合うよう学校を出た俺は、校門前で一人立っている先輩に鉢合わせしてしまった。会った瞬間に先輩が笑顔を浮かべたせいか、ひしひしと嫌な予感がしたので「さようなら」とだけ言って逃げようとしたのに、がっちり俺の腕を掴んだ先輩の手が離れなかったせいで、今こうやって肩を並べて帰っている。こんな所を桜井に見られれば、うるさいから困るんだ。あいつを言いくるめるのは簡単なことだけど、その行為自体が面倒くさい。そんなことを悶々と考えながら歩いていると、能天気そうな声で先輩が「十河くんってさ、どうしていつもつまらなそうな顔なの?」と俺に聞いてきた。 いきなり何を言い出すのかと思った。同時に馬鹿らしいとも、思った。そういう顔をしているなら、俺がつまらないと感じているからであって、何も意味はないのに。ふと隣にいる先輩を見て、あることを思った。 「まあ、俺はそんな風に笑えませんから」 いつも何が楽しいのかにこにこと笑顔を撒き散らしているあなたみたいには、笑えない。楽しいときでさえ、笑えているかどうかは定かではないのに、意味もなく笑顔を浮かべていられるほど俺は暇じゃないのだ。そんなことをするなら、もっと俺にとって有益なことをする。 「何か嬉しいこと考えれば自然と笑顔になるよ。今日何かなかったの?嬉しいこと」 「毎日必ず良いことがあるわけないじゃないですか」 むしろ、この世の中は毎日苦しいことだらけだと思う。ありきたりな生活を繰り返して、ありきたりな顔を何回も見合わせて、楽しいことなんて、数えても無いんじゃないだろうか。他人から見れば楽しいことかもしれないことも、俺にとったら多分苦しいことに繋がるのかもしれない。 「例えば、今日は十河くんと一緒に帰れて嬉しいなーとか。今日は十河くんいつもよりたくさん話してくれて嬉しいなーとか」 「なんで全部俺がらみなんですか」 「後はそうだな。今日買った新商品のジュースはおいしかったなぁとか」 「聞いて下さい」 先輩は俺の言葉も聞かずに一人でつらつらと楽しそうに言葉を並べた後に「十河くんも探してみると良いよ。今日あった嬉しいこと」と言って先輩はまた笑った。ああ、またあなたはそんなくだらないことで笑顔を浮かべる。どうして、なにが楽しいのか。なにが、笑えるのか。ゆっくり落ち着いて考えたくて、俺は押さえつけるように人差し指で眼鏡をあげる。全く、こんなくだらなくて苦しいことを考えさせられて、よくよく考えれば俺にとっての苦しみはこの先輩なんじゃないだろうか。ちらりと隣を見れば、幸せあった?と先輩が口に出さなくても顔でそう思っていることが伝わってきた。「そうですね、」と少し考え付いたように口を出せば「あった?」とまるで宝物を見つけた子供のように瞳を輝かせて先輩は俺をじっと見た。 「今日、先輩に捕まらなければ嬉しかったです」 苦しさと幸せを運ぶきみに 少しだけのいじわるを (//080318 こっそり永遠の檻の作品と対になっていたりする。) |