今の俺は、困っているという状況が正しいのだろうか。毎日毎日図書室に行くたびに、なぜか俺に話しかけてくる先輩がいるのだ。はっきりいってうっとおしい。別に、彼女のことが嫌いなわけではない。まあ、好きなわけでもないわけだから、どうでもいいという感情が一番近いだろうか。むしろ、俺が気にいってる奴なんて0に等しいかもしれない。斎とは従兄弟の付き合いで一緒にいるだけで、桜井ともその繋がりで隣にいるだけだ。言ってしまえば、大概どうでもいいのかもしれない。

「…また来たんですか」と溜め息と共に悪態を吐けば「また来たんです」とその例の先輩、はにっこり微笑んだ。俺はそんな笑顔に会いに来るために図書室に来たわけではないので、それを気にもとめないで目の前の本棚から目ぼしい本を抜きとって、喫茶店に使える良い本がないか物色する。

適当な本を手に持って、俺が椅子に座ると先輩もそれに倣って向かいの席に座った。にこにこと微笑みながらこっちを見ているこの先輩は図書委員だ。だからこそ、毎日図書室に来る俺に話しかけてくるのだ。図書委員の癖に話しかけてくるだなんて、よっぽど暇なのかと最初は思っていたが、そうではないことに最近気づいた。この先輩は自分の興味から俺に話しかけている。

「ねぇねぇ。今日は何を読むの?」
「…俺が何を読もうと先輩には関係ありませんが」
「あるよー?私十河くんが読む本なら読んでみたいもん」
「どういう理屈なんですか」
「さあ?」

自分の発言した言葉の理屈でさえ分からないのか。俺は、先輩の答えになっていない答えに眉を寄せる。それに気づいているのかいないのか、先輩は手を伸ばして俺の持っていた本をあろうことか奪い去った。一体全体何をするのか。邪魔をするのなら少し対応を代えねばならないだろうか。

どうするべきか、と考えながら隣の先輩を見ると俺から奪った紅茶関係の本を興味心身に眺めていた。別に俺は、紅茶が好きだとかそういうわけじゃない。そういう仕事上だから、しょうがなく勉強をしているだけだ。知識はあったほうが困らないからね。そんな俺とは違って、先輩はどうやら紅茶に興味があるらしい。まあ、女の子は紅茶が好きだから興味があるのは普通の事かもしれないけど。

「先輩って、どうして俺に構うんですか」
「え、私だけじゃないでしょ?よく女の子に呼び出されてるじゃん」
「あれは別件です。好き好んで俺に構うのは先輩ぐらいですよ」

先輩が不思議そうにじい、とこっちを見ながら離してくるので、俺はわざと先輩を見ないでさっき机の上に置いたたくさんの本を持った。そしてそれらを元の本棚に戻していく。本来なら本を借りたほうがいいのだろうが、自宅にまで仕事関連の事を持ちこみたくはないからいつも観覧するだけで終わる。次の本の束を取りに行こうと机に戻ると、付いて来ていると思っていた先輩が椅子に座ったままで馬鹿みたいに呆けていた。

さっきの紅茶の本を見ているときに輝いていた瞳は、すっかり沈んでしまっている。多分この先輩のことだから、明日が土曜日だから学校にこれないとか、くだらないことで気持ちが静まってしまったのだと思う。実は、俺が土曜日もこの図書室へと訪れていることを先輩が知ったら、どう思うだろうか。そんなことを教えれば、また嬉しそうにあの笑顔を見せるだろうから、絶対言ってあげないけどね。

「暇ならそっちの山持ってきて下さいよ」
「良いよ。そのかわり、先輩じゃなくて先輩って呼んでくれたらね」
「モッテキテクダサイ先輩」
「なんでそんな片言なんだよ!」
「呼んだことにはかわりありません」
「…なんか納得いかん」




(//080318  こっそり永遠の檻の作品と対になっていたりする。)