「でもシンデレラは一度家に帰っちゃうんだよ」ぼんやりしたなにかが、わたしの中を渦巻いている。霧のようなもやのようなそれは、わたしの左胸あたりまで広がった。くるしい。それの詳しい名称なんて知らないけれど、なんだかくるしいのだけは、分かる。きっと、このまま彼のそばにいればそれは押しつぶされてしまう、だろう。「そうじゃないとお話が進まないし」「童話のエンドだなんて、本当は何通りもあるんだよ、ちゃん」いたい、いたい、いたい。そう思うほど、もやがきゅう、と左胸を締め付けるのが分かった。けれどわたしは痛みに声を上げることも出来ないまま、ただただ、彼の魔法にかかっていく。「でも、」「全く、言葉にしなきゃ伝わらないなんて面倒だね。人間は」分かっていた。最初から魔法にかかっていたことなんて。茶色い髪がさらりとゆれるたび、眼鏡の奥の瞳が私を覗く。見入ると射られそうなそれに、わたしは体をこわばらせた。きゅう、ともやがわたしをしめ付ける。「…分からないかな。俺は君に帰って欲しくないんだけど?」どうしてわらうの。どうしてその瞳をわたしに向けるの。綺麗な笑顔を浮かべるあなたに私はとり憑かれたよう。そうやって、あなたはわたしに絡み付いて離れない。「あのね、白原くん」わたしは恋に恋なんてしたくないの。逃げるように急かすようにわたしを締め付けるそれになんて、恋焦がれたくない。姿形もない透明なそれに踊らされたくなんてないの。私はあるものだけを信じて、好きになるわ。「そう」「だから」だから、だから、だから、?ああ、わたしはきっと、この想いだけは偽物でないと、信じたいだけなのかもしれない。白原くんはすべてを見透かすような微笑みを浮かべた。だから、どうか、愛しき人よ。 「じゃあ俺になら恋、してくれる?」 シーカー・アンド・ロバー (あぁ、そうやってあなたはまた奪っていくのね。) (//20080112 title by Sinnlosigkeit ) |