わたしは、星が好きだ。ぐるぐる巻きのかわいいカラフルなキャンディー、学校の中庭に咲く雪のように真っ白い花、他にも大好きでたまらないものはたくさんあるし、みんなみんなほんとうに大好きなものだけれど、いつも真っ暗闇の中できらきら光って安心させてくれるそれには、適わない。苦しみや悲しみが募るだけの寂しい夜を温かいものに変えてくれるのは、きっといつも彼らがわたし達をやさしく照らしてくれるからなんだろうと思う。わたしは星についての科学的な話とか、天文学に詳しいわけではないから、クルークに馬鹿にされることは何度もあったけど、そこまで悔しいとは思わなかったし、あえて知識を増やそうとも思わなかった。星はそこにあって、それを見つめて綺麗だと思うわたしがいる。それだけで良いんじゃないかと、思う。好きっていう気持ちがあればいい。他にいらないもの。本当にわたしは、星が大好きだから。
今日は、数年に一度しか見る事が出来ない流星群が見れる日。生まれてから一度も流星群というものを目にしたことの無かったわたしは、この瞬間を待ち望んでいた。むしろ、楽しみにしすぎてあまり眠れていない。遠足の前日でさえ、ベットに入ればすぐに夢の世界へ旅立ててしまっていたから、その日に限っていつまでも眠れない自分に少し驚いた。そのせいで今日のアコール先生の授業中に居眠りをしてしまうのではないかと心配していたけれど、まぶたが重くなってしまう事は一度も無かったので安心した。少しだけ重い固い扉を押し出すように開いて、わたしは外の空気を吸う。頭上では、星たちが輝いて存在を示していた。家のベランダから見る風景とは全く違って、手を伸ばせば届くかもしれない、なんて思ってしまうくらいに、とっても近い距離。先生に頼んで学校の屋上に入る許可をもらっておいてよかった、とわたしは胸をなでおろしながら自然と笑顔を浮かべる。ああ、なんて、あたたかい。星が近くにいると気づくだけで、星をわたしの両目に映すだけで、どうしてこんなに優しい気持ちになれるのだろう。地面に座り込んで、足を伸ばす。夜だということもあり、腰を下ろすと少しひんやりとしたが、寒いと感じるほどではなかった。
大きく息を吸って、高音を奏でる。歌うことは好きだったけれど、外で歌おうと思った事なんて、今まで無かった。星たちに見守られているという事と、周りに誰もいないという事もあって、開放的な気分になってしまったのかもしれなかった。わたしは星を見つめながら、大好きな歌を、一語ずつ丁寧に歌い上げた。ぱち、ぱちぱち。突然、乾いた音が、聞こえた。わたししかいないはずのこの場所に、どうしてか、拍手の音が響いたかと思うと「すごいや」聞いた事の無い甘ったるい声が耳に届く。背後から聞こえたように思えて、後ろを振り向くと、扉の上にある高台に、誰かが一人でぽつりと立っていた。
「とっても、上手だね」
暗がりで、顔は見えない。その人(影だけでそれを人間だと判断した)は拍手を止めたかと思うと、高台から飛び降りた。思わずわたしは立ち上がって、その人と距離をとったけれど、少しずつこっちへ向かってくる。わたしは自分の鼓動がどんどん早くなっていくのが分かった。これが恐怖心からなのかははっきりとしないけれど、たぶんそうなのだと思う。その人は真っ暗闇の中からこっちに向かってきたので、ぼんやりとではあるけど歩いてくるたびにどんどん月光がその人を照らした。緑色のズボンが見えた、と思ったらもう、そこからは早かった。目の前には、おそらくわたしよりも少しだけ年上くらいの男の人が、きらきらと月の光に照らされながら立っていた。ズボンと同じ色のマントと帽子を被った男の人は「やあ、こんばんは」とにこやかに微笑を浮かべながら挨拶をする。可愛らしいお辞儀をした時に、肩に付くか付かないくらいの少しだけ長い銀色の髪が揺れた。彼の纏う雰囲気だろうか、上手にたとえることが出来ないけれど、なんだか、甘い人だなと思った。わたしと視線が合うと、男の人は「あれ」と不思議そうに首をかしげた。
「確か君は、アコール先生のクラスの子だったかな?」
「!」
「今日、プリンプ魔導学校で見かけたように思うんだけど」
プリンプ魔導学校。わたしが通う学校の名前が男の人の口から出て、少し驚く。もしかして、わたしが知らないだけで同じ学校に通っている生徒なのだろうか。そう言われれば見たことがあるような気も、しないでもない。今度はわたしが首をかしげていると「ごめんごめん、困らせちゃったみたいだね」と男の人がわたしを宥めるような動作をしてから、自分のポケットから何かを出して、それをわたしに差し出した。「おわびのキャンディー、どうぞ」わたしの大好きなぐるぐるキャンディーがそこにあった。とっても甘そうな赤色と黄色と白色で作られた丸を見たわたしは、今まであったはずの不信感を夜空のどこかに投げ捨ててそれを受け取った。
「僕は、レムレス。となり町の魔道学校に通う学生なんだけど、アコール先生に届け物があって、少しだけこの町に来ているんだ」
だからわたしは顔を知らなくて、彼はたまたま今日わたしを見かけたのか。納得してからわたしも彼に倣って自己紹介をする。「わたしは。ご存知の通り、プリンプ魔導学校の生徒です」どうぞよろしく。少し頭を下げてお辞儀をすると「こちらこそよろしく、」彼もそれを真似した。甘いけれど、とても可愛い人だ。ちょっとだけ興味深くなって、観察するようにレムレスさんを見ていると、突然彼の後ろで何かが光った。最初は、雨が降り始めたのかと思った。けれどそう思った後わたしの視界全体にそれが広がった瞬間、これが流星群なのだと気づいた。「わあ、」一粒一粒が、きらめいて、きらきらと光り輝いている。瞬きをすることも、息をする瞬間でさえ惜しい。そんな気持ちになった。隣に立っているレムレスさんも、まるで星たちに惚れ惚れしているようなため息を零す。
「流星群、かい?」
「わたし、これを見に来たんです!」
流星群は、さながら止む事を知らない雨のようにも思えたし、積もるたびに長く伸びて散らばっていく姿はまるで雪のようだとも思った。ああ、ほんと綺麗だ。待ちわびた流星群を自分の目で直接見ることが出来ているのに、そうとしか言い表せない。綺麗だという言葉以外に、この瞬間を表現できるものが見つからなかった。それほどまでに流星群は、純粋で素直なもののように思えたのだ。目の前の光景に陶酔しきっているわたしの隣で「星ってきっと、甘いんだろうなあ」レムレスさんがぽつりと呟いた。それは少しでも他の雑音があればかき消されてしまう程度の大きさだったけれど、この静かな屋上では問題なくわたしの耳に入る事が出来た。
「だって、ほら、こんぺいとうみたいだもの」
あかにだいだいにきいろにみどり、あおにあいいろにむらさき。雨の日にかかる弓と同じ色だけの、ごつごつした小さな星が、レムレスさんの手の中で転がっていた。まるでそれは、今わたし達に降り注いでいる流星群を拾ってきたかのようだった。そんな事はありえないけれど、レムレスさんなら出来てしまってもおかしくないかもしれない、なんて思えて、少し笑えた。「」水を掬うように重ねた両手をわたしの目の前に出して、レムレスさんは言った。
「お星さま、お一ついかが?」
やまない雨
レムレスさんからもらった金平糖を口に放り込んで、それをころころと舌で転がす。
砂糖独特の、とろけるような味が広がった。「やっぱり、星って甘いね」思わず、二人で笑った。
(//090605)