恋へ、恋に、恋を
鳥たちは元気よく飛び回り、彼らの小さな口は音楽を奏でている。その心地よい音色に耳を傾けながら、わたしはゆっくりと朝の雰囲気を満喫しつつ歩を進めた。朝方の冷気を含んだ空気が肌をさして、痛いとまではいかないが、やはり寒い。コートを持ってくればよかったと薄着で散歩に出た自分を恨む。だが、だからといって再度コートを置いているホテルへと戻るのは面倒だ。少し迷った結果、両手で自分の体を包む事で我慢することにした。寒さに立ち向かいながら足を前に進めようとしたとき、白いなにかが風に躍らされながらわたしの隣を横切った。(まさか、雪?)けれど、この真冬に空から降ってくる白いものだなんて、雪くらいしかない。わたしはそれが何かを確かめるために、片手を空に向けて広げた。
「…あ」
掲げた手の平には予想していた雪ではなく、ひらりと一枚の羽根が舞い降りた。誘われるかのように現れたそれは、真っ白くて小さな、まるで天使の羽のようだった。さっきの鳥たちのものだろうか。そう思ってぐるりと辺りを見渡すが、見当たらない。
自分の手の平にあるそれをまじまじと見て、ふと、あることを思い出した。昔、何かの本に載っていた、いわゆるおまじないというやつだ。それは、鳥の羽根を風に踊らせてゆけばその方向から好きな人が現れる、といったなんともかわいらしいものである。(今までおまじないなんて、やったことなかったけど)せっかくここにその材料があるのだ。やってみたって、バチは当たらない。わたしは羽根の軸を持って、それをふわりと風にのせて放した。高く、遠く飛んでいくかと思っていたそれは意外にも、わたしの頭の上を通り越して真後ろへと舞う。もちろん、行く先を見届けたいわたしは追いかけようと振り返ったが、白いそれは誰かの手によって収められていた。
「、っと…これは鳥の羽かな?」
「れ、レイトン教授!」
先ほどまで持っていたあの鳥の羽根を見つめてから、わたしの方を向くと、教授はやんわりと微笑んだ。そして何かに気付いたように少し眉を上げると、教授は自分の羽織っていた上着を脱いで、わたしの体にかけた。ふわりと優しくかけられたコートからは、教授のお気に入りの紅茶の匂いがする。
「寒くなかったのかい?」
「…寒いですけど、教授が風邪引いちゃいます」
「私は大丈夫だよ。それより、君が風邪を引いてしまうほうが大変だ」
なんだか胸がほかほかする。おかしいな。今は冬のはずなのに。きっとそれは教授がかけてくれたコートだけが理由じゃないと、思う。
「は何をしていたんだい?」
「え、…ええと、そう、ナゾです!ナゾ!」
ナゾ、とわたしが零したその一言に教授は鋭く目を細める。出まかせに出す言葉を間違えた、と後悔するがもう遅い。最後まで迷いながらもわたしはさっきのおまじないを、ナゾとして教授に話した。
「ふむ。これは実に興味深いナゾだね」
「…そうですか?」
「おや、君はそう思わないのかい?」
だってナゾじゃないですから。とは言えず、ボロを出したくなかったわたしはだんまりを決め込んだ。そんなわたしを気にする様子もなしに、教授は一人ナゾについて考え込む。
「これは、運命という名のナゾだね。不可解だ」
「…英国紳士も運命を信じるんですね。意外です」
「そうだね…信じているわけではないけれど、信じずにはいられない時があるんだ」
「どんな時です?」
教授はまた微笑んだかと思うと、さっき捕まえた羽根をわたしの目の前にかざした。それは風にゆられながらも教授の手から離れはしない。これはルークには解けない。君にしか解けないナゾだ。そう言う教授にわたしは首をかしげる。
「さっき、君が飛ばしたこの羽根はどこへたどり着いたんだい?」
「…」
質問には答えなかった、いや答えられなかったのだ。それは解答へと繋がってしまう。彼の柔らかな笑み。この笑みをわたしは幾度と見てきた。まるで子供のような、年端もいかないルークの自信満々な笑顔とはまた違うけれど、それは同時にナゾが解けてしまった事を意味する。わたしたちを照らしていた太陽が、鳥たちの羽ばたく音と共に一瞬陰った。またすぐに太陽は顔をだす。そして光りは遠慮なしにわたしたちへさんさんと降り注いだ。
「これは運命、と呼ぶべきじゃないのかな」
この体があたたかいのがあの太陽のせいなら、今わたしの顔が真っ赤に染まっているのも、きっと、きっと、きっと。
(//081106 title by alkalism)