見た。見てしまった。そりゃあもう見てしまった。岡崎を。今日は、というか金輪際あいつの顔なんて見たくなかったのに、僕は自然と見てしまったのである。授業中に彼の横顔を盗み見ることは、僕の日課みたいなものだったから。長い間続けていた癖というものは簡単に抜けないことを実感した。最近までそれを続けていたのは、どうしてなのかずっと分からなかった。初めて彼の横顔を見たとき、こいつの横顔すごい綺麗だな、って思ったのは覚えてる。たぶん、きっかけはそれだった。でもそれだけじゃあ理由になると思わなかった。そして僕はまるで答えを探すように、日課になってしまうほど岡崎を見つめていた。だって綺麗なんだもん。綺麗なものはいつまでだって、見ていたいものでしょ。オーロラしかり、虹しかり。 でも僕は今日から岡崎を視界に入れないことに決めた。だってあいつを見るたびに、僕の中で小さく動き始めている気持ちがあることに気づいてしまったからだ。ちなみに気づいたのは昨日だ。1年ちょっともあいつを見ていたのに、気づくのが遅すぎると自分でも思った。そして今、僕は廊下を歩いていると岡崎を見てしまいそうになった(危なかった!)(後姿はセーフだね!)から、近くにいた春原の陰に隠れると、「あのさあ、そうやって僕の影に隠れるのいい加減にやめてくれない?」と春原が呆れた様子でわたしに言った。「僕にとってね、春原なんて岡崎避けにしかならないんだよ!少しくらい役に立って!」と僕は春原の上着を掴みながら憎まれ口をたたく。「なにいいいい!?」とよく通る声で大声を上げながら春原は僕に掴みかかろうとしたけど、僕がそれを交わしたせいで春原は廊下とキスをすることになった。よかったね春原、そこは昨日掃除したから綺麗だよ。なんてったって僕が磨いたんだから、保障する。「くそ…!め…!」と、むくりと立ち上がって、春原は乱れた髪を整えた。なんだかんだ文句を言っても春原はいつも僕に協力をしてくれるから好きだ。 「おい、春原……ってじゃねーか、二人してなにやって、っおい!?」 背後から聞こえた声に動機を隠せないでいると、目の前の春原がにやにやし始めた。その顔に危険信号を感じて、全速力で僕は逃げ去った。滑りそうな廊下を走って、僕はとにかく岡崎から離れようとした。息が激しい。きゅ。後ろから誰かの走る音と、靴が擦れる音がして、とてつもなく嫌な予感がよぎる。走りながら後ろを振り向くと、一番見たくないやつが僕を追いかけてきていた。やや紫みを帯びた深い青色の髪が目に付いて、やっぱり、と僕は少し泣きそうになる。追いかけてなんかきて欲しくなかった。 「どうして追いかけてくるのかな!」 「じゃあどうしてお前は逃げるんだ!」 岡崎のその言葉に僕は「う、…」と言葉に詰まらせる。よくよく考えてみれば揚足取りな会話だったけど、今の僕にはそんなこと考えている余裕なんか無かった。逃げるので精一杯だったからだ。周りを見渡すと、気づけば僕たち二人は、廊下を抜けて大きな木がある中庭まで走ってきていた。もう息が続かない。後ろの岡崎を見てみるけど、まだ走れそうな顔をしていた。苦しそうではない。(伊達にずっとバスケやってなかったってこと…!?)こんなの続けてたって、きっと僕が最初に足を止まらせてしまうだけだ。でも僕は今あいつの顔なんて見たくない。どうする。どうすれば、逃げ切れる? 走らせていた足を止めて、くるりと後ろを振り返る。じん、と痛みがゆっくりと足から全身に伝わってくる。僕が走るのを止めたから、後ろにいた岡崎もそれを止めて、じいとこっちを見ていた。「さっきの、どうして逃げるっていう質問に答えてあげるよ」と僕が笑って言うと岡崎は「……?、ああ」と不思議そうな顔をしながらうなづいた。岡崎と真正面に向き合う。ああ、なんだ。こいつ正面からでも、綺麗じゃないか。 「あのね、僕が、岡崎を好きだからだよ!」 「…、は!?」 馬鹿みたいにびっくりした顔をして岡崎は素っ頓狂な声を出した。その隙に僕は「うそだよ!」と走り去る。少し走ってから後ろを振り向いてみたけど、やっぱり、岡崎は追ってこなかった。よかった。(…よかった?)体育館倉庫の裏まで走ってきた僕は、ずるりと壁にもたれかかって、しゃがんだ。棒のように固まってしまった足を包み込んで、さっき見た岡崎の顔を思い出す。やっぱりあいつはとても綺麗だった。とてもとても好きだったけど僕にはまだ早いよ。きっとあいつには、僕じゃなくてもっとお似合いの子がいるから。僕はそれを眺めるだけでいいから、だから。この気持ちは嘘のままでいい。 「っ、この馬鹿野郎!」 聞きなれた声に、僕は思わず沈めていた顔をあげる。群青色の髪がまた揺れて、僕の目に付いた。意味が分からない。どうして、ここにいる。どうして、どうして、追いかけてきたの。「は、おか、?」と言葉になっていないものを口にしていると、岡崎がしゃがんで僕の目線とあわせた。綺麗なそれが目の前にあって、僕は全身の血が顔に集まっていったような感覚を覚えた。沸騰しそうだ。 「そうやって勝手に嘘にするな!ちょっと、いや物凄く傷ついただろ」 岡崎が目の前で拗ねたように怒っている。僕はまだ、わけがわからない。気持ちを嘘で隠したら、岡崎が傷ついた。なんで。どうして。「わけが分からない、みたいな顔すんな」と岡崎が笑った。そういわれても、混乱してしてたら何も考えられなくなる。だから僕は言葉ではなにもいえないまま、岡崎に抱きついた。 |