趣味。それは今の俺の状態を指す言葉である。風紀委員長にして、風紀委員最大の汚点である沢登譲が集まるよう指示すれば、俺たちは必然的に放課後の委員会活動に参加することになる。普通ならば委員会のメンバーは全員残るべきなのだが、招集するたびに実のならない話ばかりをし、しまいには”沢登流”歓迎の舞を目の当たりにして、殆どの奴らは沢登に付いていけなくなってしまったのだ。そのため、他の風紀委員がこの扉を開く事は少ない。別に来なくてもいいこの風紀会議室にわざわざ顔を出しているこの状態は、趣味以外の何物でもないだろう。ちなみに沢登の舞を見た今でも、風紀を続けてやろうという奴は小数だが、いる。まあ肝が据わっているともいえるが、俺から言わせれば変人の集まりに残るのは変人ってことだ。一応言っておくが俺は変人じゃないからな。

「失礼します」

急な声に俺はドアの方を向く。久しぶりの来訪者か。静かにドアを閉めた人物は、女装した沢登でも、憎らしい笑顔の内沼でもない、残り少ない風紀委員のメンバーであるだった。彼女は、沢登の舞を見ても逃げ出すことがなかった内の一人である。俺の顔を見るとすぐには微笑んで少し頭を下げ、肩にかけてあった鞄を長机に置いた。

「ああ、さん。こんにちは。」
「こんにちは乃凪先輩。…あれ、珍しいですね。葛先輩はいないんですか?」

葛、と彼女の口からきれいに発音されたそれは、認めたくはないが俺の親友でもある内沼の名前だ。よく知った名前なのに、彼女が口にすると違う意味を持つ、それにも聞こえた。おかしい。何か違和感がある。葛、葛、葛。意味もなく頭の中で復唱してみる。 ああ、そうか。彼女が内沼を名前で呼ぶ事など、一度も無かったのだ。この間までは内沼先輩、と苗字で呼んでいたのに、一体あいつとの間に何があったんだ。

「…………乃凪先輩?」
「……あ、ああ。ごめん」
「いきなり黙り込んだからびっくりしました」

何かまずい事を言ったかと思いましたよ。とは安心の意味でとれる溜息を吐いた。まあがまずい事を言ったのには変わりない。ではなく、俺が、まずい。密かに彼女の事を想っている俺からすれば、が内沼の事を名前で呼んだ事は想定外も想定外であり、緊急事態である。

「それにしても、沢登先輩遅いですね」
「いつものことだろうが。それに、もし沢登が一番乗りでここにいることがあれば何か企みがある証拠だな」
「確かに」

ふふ、と微笑を零した彼女に、どきりと胸を高鳴らせた俺はそれをごまかしたくて髪をいじった。そろそろ分け目を代えようかだなんて考えながら、先程の事を思い出す。そういえばは以前から内沼と仲がよかった。さすがに従兄弟だったりは…しないよな。内沼の従兄弟である彼女を思い浮かべて、やはり似ていないなと再度認識する。

「まあここに集まらされてるって事自体が、企みですよね」
「はは、そうだな」

もしかして、付き合っていたりするのだろうか。もし本当にそうなら俺は潔く身をひく。付き合っている二人をとやかく言うつもりはないし、口だしするのは不粋だ。ああ、隣でのんきに笑っているが憎らしい。そんな姿さえも愛しく思えて虚しくなった。

「…さんってさ、どうして風紀に入ったの?」
「え?」

そういえば聞いていなかった。とその質問を投げ掛けると、は目を真ん丸にしてその瞳に俺を映した。彼女は落ち着かない様子で目をきょろきょろさせている。答えを言い兼ねているようにも見えた。

「え、あ、……え、えっちゃ、紺青さんが誘ってくれたからでしょうか」
「ああ…紺青ね…」

おかっぱ頭の少女を思い浮かべ、成る程なと納得をする。紺青は、学年が一年ながらも自ら風紀に介入した変わり者である。なんだか少しばかり沢登に雰囲気が似てきているのは俺の気のせいだと思いたい。

「あ…あと」
「ん?」
「気になる人が風紀委員にいまして」
「(いきなり核心!?)あ…そうなの?」

はい、とはにかみながら恥ずかしそうに微笑む彼女は可愛らしくて、胸がくるしくなる。彼女との距離が無いくらい近いのに、どうしてこんなにも疎外感が生まれるのだろう。くそ、誰だ彼女が好きになった幸福者は。内沼か?内沼なのか?笑顔の仮面の下で悶々と考えるが、答えなんか出てきやしない。当たり前だ。その答えは彼女だけが知っているのだから。

「知りたいですか?」

その思ってもいない問い掛けに俺の言葉は、え、あ、と端々に途切れて、尻つぼみに消えていく。焦りに負けそうになりながらも絞り出そうとするが、うまく言えない。やっとの思いで言葉をまとめ、俺が聞いていいの、と遠慮がちにに問うと、別にいいですよ、と0円スマイルと一緒に返品された。 それは俺に全く関係ないからという意味なのか。ふんわり微笑んだ彼女からは、今の俺のスキルでは何も読み取れやしない。

「だって私が好きなのは、とても優しくてとても苦労人の、葛先輩の親友さんですから」

胸の奥がひやっとして、身体の中に風が通り抜けたような感覚が俺を襲う。緊張している時の感覚と似ているけど、それとはまた違う。やばい。なにかが止まりそうに、ない。 頬を桃色に染めて風紀室から逃げ出そうとしたの腕を掴んで、待って、と声を出す。は捕まえた時にびくりと身体を強張らせた。あたたかい。腕づたいで伝わってくる熱が優しくて、ああこれも彼女なんだと変に納得する。

「…期待していい、って意味でとるけど」

いいんだよね?そう問い掛けると彼女はこっちを振り向いた。さらりと髪がゆれて重なった。さっきまで微笑んでいた彼女はもういず、目の前にいるは困ったように眉を寄せている。俺に捕まえられた事が予定外だったのだろうか。そして、諦めたように苦笑してはまた微笑んだ。

「…ずるいです、先輩」



優しさにヴェール
愛 の 言 葉 を さ さ や い て

(//20080206 title by Sinnlosigkeit)