今日も午前7時56分発の電車に乗って、わたしは窓際に立つ。一緒に車両に乗り込んだ他の人たちはみんな、慌てて椅子に座った。学校までそんなに距離もないおかげで電車の時間も長くない。だからわたしはいつもこうやって立ったままでいるのだ。それに、この場所に立つ理由は他にもある。座っているよりも立っているほうが、毎朝この同じ電車に乗り合わせる、あの男の子が見やすいからだ。というか、それが目的で立っているようなものなのだけれど。わたしは怪しく思われない程度に周りを見渡して、ウサギさんを探した。もちろんそれはあの動物の兎、ではない。わたしが探しているウサギさんは、真っ白い髪に真っ赤な目。まるで兎を彷彿されるかのような風貌を持つ、同じ学校の男の子である。その姿を見て、ありありと兎を思い浮かべてしまったわたしは彼をウサギさんと呼ぶことにしたのだ。まあ、彼の名前を知らないというのもある。同じ制服だから、辛うじて学校が同じだという事が分かったが、この制服に学年が区別できるものがないせいで、その他のことは全く分からない。(いっそ学年で鞄の色が違ったりすれば、分かりやすいのに) がたん、と大きく電車全体が揺れて、車内にアナウンスが流れた。今日もウサギさんは乗っているだろうか。どきどきしながら辺りを見渡すと、長椅子を一つはさんだ向こう側の窓際にウサギさんが立っていた。大きなヘッドホンを頭にかけて、本を読んでいる。黒色のヘッドホンは彼の白い髪に映えて、似合っていた。毎朝電車の中で見かけるウサギさんはいつもこの格好だ。わたしが彼をウサギさんと名づけようと思った日から、毎日。本を読みながら音楽を聴くなんてのはわたしには無理だ、彼は器用なんだな、なんて思っていたのを今でも鮮明に覚えている。 電車が揺れるたびに、柔らかそうなウサギさんの髪がふわりふわり、と少しだけ浮いた。どきん。どきん。それが揺れると一緒に高鳴ってしまうわたしの鼓動は、ウサギさんを見る度に早く、早く、なっていく。(、…!)(う、わ)(ばっちり目があってしまった)わたしの視線に気付いたのだろう、ウサギさんが少しだけこっちを見た。きれいな赤色がわたしを覘いていて、慌てて目をそらして俯く。最初は足の爪先が熱くなったかと思うと、背中、手先、と気付けば顔まで熱くなっていた。恥ずかしさに目を泳がしていると、なんだかまだ彼の視線を感じるような気がして、わたしはまた顔を火照らせる。そんなはずはない。そんなはずはないのに。ゆっくり顔をあげて、ウサギさんを見ると、赤い瞳がわたしを捕らえた。まばたきも、呼吸さえもが上手く出来ない。一定感覚にあったはずの電車の揺れも遅く感じる。ゆっくり、ゆっくり。ただ早いのは、わたしの鼓動だけ。目を逸らすこともできずにウサギさんと視線を交わしていると、その瞳が閉じられた―――いや、微笑んだのだ。優しく緩められた口元を見て、それに気付いた。(どうして)ぼうっとしてウサギさんを見ていると、彼の口が綺麗に動かされた。 「おはよう、さん」 彼との距離は遠くて声なんか聞こえないはずなのに、どうしてか鮮明に耳に伝わったそれは優しくてゆるやかな音。 |