(………暑い)暑すぎる日差しと温度をなんとかしたくなった俺は、日よけとして太陽に向かって片手を顔の前にかざした。だがそんな事で体の熱が下がるはずもなく、未だ太陽は俺を嘲笑うかのように熱を降り注ぎ、加えて蝉までミンミンと鳴き始めた。古ぼけたアパートの階段を、かつ、かつ、と音を鳴らしながら上がるといつもは管理人に睨まれるのだがもうそんな事はどうでもいい。暑さというのはなにもかも奪うんだな、と下らない事を考えながら『李』と綺麗とは言い難い字で―――まさに言うなれば適当という言葉が当てはまる―――書かれたネームプレートの部屋のドアノブをゆっくり回した。

部屋の中に入ると少しだけひんやりとした空気が俺を襲った。ほんの僅かだが、外よりは涼しいと言えるだろう。外で聞こえていた蝉の声は少し薄く、うすく、耳に残って心地が良い。

「…?」

壁に体を預け、まるで死んでいるのかのようにピクリとも動かないから視線を横に逸らすと見覚えのある箱が目に入った。(……段ボール…)まだ片付けていなかったのかと散らばっている段ボールを一瞥して軽く溜息を吐いた。そして古びた畳を歩いて、の前にしゃがみ込む。彼女に近づくと、あんなにも耳障りだった蝉の声は聞こえなくなり、代わりに残ったのは自分の鼓動の音だけ。どくんどくんと脈打つそれはまだ鳴り止む事はないだろう。


『契約者は嘘つきだ』

ふといつも自分が言っている言葉を思い出して彼女に近づけようとしていた身体を止める。(…そう、契約者は)俺は、大嘘つき者だ。誰にも知られたくないこの暖かい気持ちを隠そうとしているのに、彼女に触れようとする。こんな感情消えれば良い。そう思うたびに俺は彼女に触れたくなるのだ。そんな矛盾した気持ちを持つ俺を(誰か、笑ってくれ)

そしてまた、俺はに触れる。ゆっくりと頬を撫でて、彼女の長い髪がさらりと流れるのをじっと見つめた。(………死神、か)彼女を見た奴らは皆口を揃えて「死神」と言葉を漏らす。それ故に彼女は「漆黒の死神」と呼ばれるのだろう。真っ黒い衣服で真っ黒な髪を持つ彼女は、確かに死をもたらしているのだから皆が言う通、死神と変わらないかもしれない。だが俺はそうは思わないのだ。だって彼女はこんなにも――――天使のようなのに。部屋の窓から夕日が入り込み、真っ白い服を着ていた彼女は瞬くまに夕日を身体に纏った。ああ、ほら、は天使みたいだ。

そして気付けば俺は彼女に唇を押し付けていた。数秒の後、少しだけ唇を離してまたしつこくそれに触れる。まるで彼女を確かめるかのように、執念に、ずっと。

「んっ…」

口付けをしているとき、彼女の舌が俺の口内に入り込み、驚いた俺は一瞬だけビクリと舌を動かした。あぁ、なんだ。口付けながら目元を細め、微笑む。もう少し、もう少しだけだから。目を開けないでくれと切に願ったのは本心なのだろうか。


そして二人は嘘をついた
(//080513  こっそり永遠の檻の作品と対に)