真っ赤な何かが真っ赤な死体の真ん中で立ち尽くしていた。その赤は、壊れた人形のように足元に転がる兵士たちを慈しむでも、既に息絶えた屍の骸を漁るでもなく、ただ、戦の殆どを占める色を持って、そこに存在を示すだけだった。あまりの赤さに、それが人であり、僕の知っている、ましてや大切な人物であるという事に気付いたのは、それが見慣れた背格好だとふと思ったからだ。闇のように真っ暗な髪も彼女が気に入っていた可愛らしい衣類も陶器のように白い肌も全て赤に塗り尽くされていて、元々からそうだったのでは無いかと勘違いしてしまう。こちらからは後ろ姿しか見えないから表情さえ分からないが、彼女はまるでそこに生えているかのように微動だにもしなかった。そうしていると、彼女の細っこい長い手を伝って、血が滴った。雨とは色の違う水溜まりにそれが跳ねて、浅く沈んで混ざっていく。
それが合図になったかのように、はこっちを向いた。見慣れていた顔にも赤がべったりとこびりついていて、漆黒の瞳がとても映えていた。ゆらゆらと漂うようにしていた大きな二つの黒は、やっと僕を捕らえると、ぴたりと動きを止めた。どうしてなのかは分からないが、を見る度に戦が嫌いだと言ってむせび泣いた彼女の姿が呼び起こされる。そのせいか、今の彼女の双眸から涙も何も流れていないことにひどく違和感を覚えた。

「半兵衛さま、」

息を吐くように出されたの声は震えていた。ひゅうひゅうと、の喉の後ろから音がしているのが聞こえる。「どうして」決して大きな声ではないけど、の音は僕の耳にしっかり届く。どうして、どうして?君がそれを僕に聞くのは、おかしいのではないだろうか。心の底からそれを知って誰よりも深く気付いているのは、君なのに。にっこりと微笑みを作って、僕は淡々と告げた。

「どうしようもないわがままな理由だよ。ただ単に、君に近付く存在が許せなかった」

初めて感情の色を表したの瞳に映る僕も、真っ赤だった。の手からはまた誰かの血がぽたりと落ちたが、僕が持っている剣にはすでに血がこびりついてしまっているから、同じようにそこから血が落ちる事はない。は息をのみ、涙を堪えるようにして唇を強く噛んだ。そこから、ぷつりと新しい赤が生まれる。もちろんの血も辺りと同じ色をしていたが、その赤は濁ってはおらず透き通っていて、それだけが違う物のように見えた。やっぱり彼女の血は綺麗だ。見惚れるようにそれを眺めていると、いま彼女に纏わり付いている赤がやけに汚らしく感じられて、うっとおしく思った。

「半兵衛さまは、めがお嫌いですか」

涙さえ流れていないが、彼女の声は泣いているようだった。

「どうしてそう思うんだい」
「わたくしめが嫌いでなければ、こんな、」

は辺りを見渡すと悲しみを堪えるように顔をしかめ、また僕を見た。こんな、何だというのだろう。彼女の知り合いを危めた僕を、責めているのだろうか。「辛いかい」僕のその言葉に、は頷いたようにも首を振ったようにも見える動きをした。自分でも分かっていないのだろうが、おそらく彼女は悲しくて仕方がないのだ。もちろん辛さや苦しさもあるだろうが、彼女の悲しみはきっとそれを上回る。おそらくは、僕を止める事が出来なくて、悲しいのだ。

僕だって辛い。昔から愛だの恋だのと言う者たちが汚らしく見えて、色恋沙汰には干渉しなかったせいで、僕は君しか知らない。だからとても不安になる。いつかどこかへ僕の手が届かない所へ消えてしまうのではないかととても不安になる。それなのに君が僕の知らない男と談笑しているから、いけない。それなのに君が僕以外の男に笑顔を向けてしまうから、いけない。それは、いけない事なのだ。だって僕は、いつまでも君をここに留める方法を知らないのだから。

「安心したまえ、僕はが好きだよ」

大きな瞳から赤色の涙がうまれた。

しょうじょうひいろのなみだ

(//090702)