何で好き、とか、どこが好き、とか、理由を考えて好きになることって、そうそうない。気付いたら目が追っかけて、視線が交差すればあわてて逸らして、そんなくだらない事だらけでも、毎日がなんとなく楽しくなる。わからない事ばかりで、不安に蝕まれて、けど、少しの関わりがあるだけで、ばかみたいに舞い上がっていく。そうやって育んでいくものが恋なんだと僕は思うのだ。中学二年生になってこんな事を言いだしたのは、突然僕が哲学的な何かに目覚めたわけでも、誰かの受け売りでもない。ただ単に、そういった経緯の恋をたった今、しているからである。


「…聞いてるの、アシタバくん」
「、あ、うん!聞いてるよ!」
「手に持ってるアイスが溶けてるのに気づかない人が聞いてるとは思えないんだ
けど?」
「え?…、うわ…」

まるでシェイクのようになってしまったかのようなアイスクリームを見て、やってしまったと口には出さずに嘆く。だが、カップ型のアイスクリームを選んでいたので制服が汚れてしまった事はなく(テンションは下がるけど)ほっとする。「まあ一方的に話してたわたしが悪いんだけどさ」さっきまでさんの手にあった渦巻きソフトクリームはいつのまにか消えていて、一体どれくらいの時間が過ぎたのかと僕を悩ませる。話もろくに聞けない自分を責めながらちらりと隣を見ると、彼女の頬に白いソフトクリームが付いているのに気がついて僕の心臓は高鳴った。早く伝えてしまいたいけど、僕と彼女は、そのソフトクリームを手で拭ってしまえるような文字通り甘い関係ではないから、言葉選びに頭がパンクしそうになる。

「あ、あのさ、さん、」
「なに?」
「か…鏡を見てみたらいいんじゃないかな」

下手に行きすぎた言葉を言って機嫌を損ねたくなかった僕の気持ちばかりが前に出て、遠回りな表現になってしまったけれど、どうやら意図は伝わったようだ。「ほんとだ、ありがと」でも僕は彼女の恥じらいの一つもない言葉を聞いて、考えすぎだったかもしれないと少し落ちこんだ。(っていうかなんで僕、こんな事してるんだろう…)学校近くの公園のベンチで隣合って座る僕たちは他人から見て、恋人同士に見える、のだろうか。けれど実際話し合っているのは、さんの好きな人の話で、けど僕は違う誰かに夢中になっている彼女が好き、なのだ。悔しさをバネにして、少し、頑張ってみようかなんて思ってもみるけれど、でも、「ほんと」彼女の口から「…ハデス先生って、恋人とかいるのかな」本物の死神なんじゃないかと生徒の中でまことしやかに噂されている、保健室のハデス先生に対する想いが紡がれれば、その熱意は崩れ去って、しばらくするとまた膨れ上がる。だって、僕から見ても大多数の女子から見ても、男らしくてかっこいい藤くんが相手ならば、理解も出来るし諦めもつく、のに、どうして相手が「おや…?二人揃って、どうしたんだい?」この、ハデス先生なのかが理解出来なくて想いを消しきれない僕がいるからだ。

ベンチに座った僕らの目の前に立ったハデス先生の銀色の髪が揺らめいたのが合図だったかのように、隣にいたさんが小さく声を上げたが、もちろんそれに気づかないハデス先生は、僕が持っているカップアイスに目を向ける。さんさんと輝く太陽の下でさえ、先生の肌が青白いのは変わらない。

「本来買い食いは禁止されてるはずだけど…もうそれは食べ物じゃないから良いかな…」
「あ…」

明らかに飲み物と化したアイスは、第三者のハデス先生から見てもあまり口にしたくないものになっていたようだ。僕はこのアイスを、捨てるか飲み干すかどちらかを選ばなければいけない。「それにしても…アシタバくんとさんが一緒にいるなんて、仲が良いんだね…二人で何をしていたんだい?」また生徒の情報を知れたとでも言うようにハデス先生が至福そうな表情を浮かべて、僕たちを見た。だがしかし、残念ながらその表情でさえ不気味なもので、僕の心臓を縮こまらせるものでしか無かった。誰も保健室に来てくれないと嘆くハデス先生が外見通りの人ではない事を知っている僕でさえ高い確率で驚いてしまうのだから、先生の事を何も知らない生徒に怖がられてしまうのは当たり前だ。どちらなんだと問われれば彼女は、先生の事を何も知らない生徒に分類されると言ってもいい。
それなのにさんは、この、ハデス先生が好き、らしい。

「特にこれというわけではないですよ」
「そうなのかい…?」
「(まあ僕にハデス先生の恋愛相談をしていたなんて言えないもんな)」
「そ、それより、ハデス先生はどうしたんです?もう帰りですか?」
「いや…学校の見回り当番でね。今週はこの地区担当だったんだよ」
「へえ…見回り当番…」

今すぐにでも、小さい身体と利き手を思いっきり空に伸ばして、わたしも一緒に見回ります、と提案しかねないさんを横目に見て、僕はどうしたらいいか分からなくなる。彼女の恋が実るのは嫌だけど、邪魔をしてしまうのも、嫌なのだ。はっきりとしないもやもやとした思いを燻らせている僕の隣では、嬉しそうにハデス先生と話すさんがいる。かわいらしい、年相応の笑顔を見て、僕の胸は痛む。今の僕じゃ到底、さんをこんな笑顔にさせる事は出来ないのだ。
そして口を閉じる僕の隣では、やはり見回り当番を手伝うと言ったさんの提案を、ハデス先生が遠慮の固まりの言葉で断り、残念そうな顔をしたさんの頭を撫でていた。初めてみる、年相応の恥じらう表情を見て、また僕の胸は痛む。今の僕じゃ到底、さんをこんな表情にさせる事は出来ないのだ。

どんどん彼女が離れていってしまうような気ばかりが膨らんで、僕は手元のカップアイスを飲み「え、アシタバくん」干した。

ラブゴーターン!

「…うえ、まずい」「そんなの当たり前でしょ。」「元はアイスなのにね…」

(//100403)