芳しい花の香りと気配を背後に感じ、俺は後ろを振り向いた。この気配を、この感覚を、俺は知ってる。後ろを振り向くと、そこに居たのは思い描いていた人物で、周りに咲き誇っている花たちは彼女を迎え入れるかのように風と共に舞う。微笑む彼女に答えるよう、俺はゆっくりと名前を呼んだ。


「―――――




彼女と出会ったのはつい最近だ。ゼロとしての役目を終えた俺は、疲れた体を癒す場所を探していた。ふらふらと行く当ても無いまま歩いていると、この一面のフリージアが咲く場所にたどり着き、愛おしそうにその花と触れ合っているに出会ったのだ。白、黄色、赤、と色とりどりの花に彼女の白い肌が栄えて、非現実的な物は信じない俺でも一瞬、妖精か何かかと思ってしまった程に彼女は幻想的だった。出会って日もない事もあり、俺は彼女の事をあまり知らない。俺が唯一言えるのは、彼女の名前。そう、、と彼女の事を呼べるくらいだ。

「えへへ、また来ちゃいました」

にっこりと音が付きそうなくらい満面の笑みで微笑んだは、地面に咲き乱れている花を踏み付けないよう気をつけて、俺の右隣りに座った。春らしい薄ピンクのワンピースは、彼女にも、この場所にも似合っていて、思わず見惚れてしまう。当の本人はその俺の視線に気付いているのかいないのか、花を目当てに飛んできた蝶と戯れている。ああ、俺は彼女もこの場所も、好、

「よっぽど好きなんですね」
「!?っ俺は別に、」

心の中を見透かされたかのように言い当てられ、焦った俺はしどろもどろに言葉を返す。慌てて彼女から少し後ずさりしたときに左手が地面について、花を潰してしまいそうになった。危ない。よく考えろ、俺は気持ちがばれるような事は一つもこぼしていないはずだ。なにより鈍感なが俺の気持ちに気付くはずなど、ん?

「…………何をだ?」
「?この場所ですよ」

やはりか、と俺はがっくりと肩を降ろして、安堵なのか悔しさなのかよく分からない溜め息を吐いた。そんな俺を見て笑ったにつられ、思わず俺も微笑む。全く馬鹿らしい。幸せそうに笑うを見て、まあいいかと納得してしまう俺も、今は幸せなのかもしれない。ああ、ほんとう、彼女はこのフリージアのように、無邪気であどけない。

「ふふっ。…はい、プレゼントです」

白いフリージアだけで作った花の冠を俺の頭にかぶせて、はまた、ほほえみを浮かべた。頭の上と周りで咲き誇るフリージア独特の匂いがうつって、俺からも彼女からも香水のような匂いが香る。甘酸っぱい果物の香りがふわりとただよって、思わずくらりとした。脳の奥までしみとおり、広がっていくそれに、俺は身体を預ける。は楽しそうに、次の冠を作りながら花と会話している。彼女の一方的な問いかけだが、そのうち花たちも返事をしそうで、怖ろしい。雲から覗いた太陽がきらりと輝いて、そのまぶしさに俺は目を細めた。うっとおしいとしか思えなかったこの光も、今は美しく思える。

「…、ありがとう」

さっきまで目に映っていた光景とは、まるで正反対だ。何もかも真っ赤に染まった世界と、真っ白で無垢な世界。どっちも同じ世界なのに、こうも違うのはどうしてなのだろう。いずれは、この場所も、彼女との時間も、――――この平穏も、血に塗れてしまうのだろうか。いつかは、すべて、断ち切らなければいけない、それは分かっている。だが、離れなければならない事を理解しているなら。まだ、まだ大丈夫だ。だから、あと少しだけ、彼女との時間を。

「大事にするよ、ずっと」



やさしいせかい
(もう一人の俺が君を欲しがってしまう前に)


(//20080201 title by hazy)