誰にも犯せない場所などない。どのようなモノでも何かしら打ち破る手段があるものだ。それがどんな場所であろうと、それを求める誰かがいる限り、立証されるだろう。目の前にある扉は重く佇み、鍵はかかっていないのにもかかわらず、開かない。扉に触れるとひんやりとした感覚が指伝いに全身をまわる。まるで毒のように。カモミールの花が揺れて、香りが俺の頬を掠めて扉をすり抜けた。 「…カモミール、か?」 聞き慣れた自分の声のはずなのに、やけに透明感のあるように聞こえる。水中で話せばこんな感じの音になるのだろうか。だが話したこともないし―――何より話すことができないわけだからどれだけ思考を巡らせても無駄ということに気付いた俺はそれを考えるのを止めた。 「そうだよ。…珍しいね?いつも茶葉なんか気にしないのに」 「カモミールの匂いが好きなんだよ」 「……ルルーシュって花とか好きだったんだ」 どういう意味だ、と俺が聞くと、別に、とスザクは楽しそうに答えをはぐらかした。こいつの言いたいことは判る。俺に花など似合わないと言いたいのだろう。まあ、俺が花を摘んでいる所なんて自分でも想像したくもないが。 犯せない場所などないのだから、永遠さえも、存在しない。未だ奥に行かせまいとする扉を見上る。扉が叩いて開かないなら差し込めばいいのだ。鍵を。 「もしも、」 君が永遠を望むなら、永遠を鍵にしよう。君が傷を癒して欲しいのなら、永遠に残る傷を付けよう。そう、俺を忘れられないように。俺を消さない、ように。 「確かカモミールって、大地の林檎って意味なんだよね」 「……ああ」 「花が林檎の果実に似た匂いがあるから、だっけ」 カモミールの紅茶が入ったカップを手に取り、スザクは独り言にも近いそれを呟く。ふとカップを覗くと、ゆらり、と俺が歪んで紅茶に映った。薄茶色の液体が、ゆれる。 「…スザク、」 「なに?」 「………カモミールの花に囲まれた木に、一つだけ、たった一つだけ、林檎の実がなっていたら―――、手に入れたいと思うか?」 君を手に入れるためなら、カモミールをも踏み荒らすだろう。君を手に入れるためなら、そう、麻薬にさえなって、君の心を乱すだろう。願うのは、ただ、俺がその扉を開くのは、俺だけでありたい、と思う。それだけ。それはきっと恋愛という名の逃亡劇。 (//20080107) |