どうしてかふと不思議に、おもったのだ。
わたしが、アーサー、と彼の顔を見ないまま名前だけを呼ぶと、彼はきちんとわたしの方を見て、なんだよ、と返事をした。わたしが見てもちっとも分かりやしない内容の書類に忙しく目を通していたはずの、アーサーの視線を感じる。

「ねえアーサー、妖精が羽をなくしたら、どうなるとおもう?」
「…はあ!?羽がなくなるわけないだろ」
「もしもの話だよ」

なんだ、たとえ話かよ、とアーサーは安心したようにため息を吐いた。そうしてわたしから視線を外す。たぶん、部屋のどこかにいるそのとってもかわいらしい、いきものを探しているのだろう。アーサーは、わたしの馬鹿みたいな、こんな話にだってちゃんとした答えをくれる。彼は、性格がとてもきっちりしているのだ。いや、そういう、きっちりじゃなくて、なんというか、そうたぶん、紳士なのだとおもう。

「彼女たちが羽を揺らして世界を飛べば、それはそれはとてもとても素敵に虹色に染まるでしょう」「けど、その妖精が羽をなくしてしまったら、ねえ」「どうなってしまうと、おもう?」

アーサーはかっこいいと思って買ったんだろうけど、わたしからすればちっともかっこよくなんてない、真っ黒でシンプルなソファーに深く腰掛けると、とても柔らかい感触が身体に伝わって、そういえばこいつ金持ちだったなんてことをおもいだした。

「そりゃ、飛べなくなるんだろ」
「…アーサー、冷たい」
「冷たいも何も、事実なんだからしょうがないだろうが」

そうしてアーサーはまた羽ペンを手にとって、さらさらと紙になにかを書き込んでいく。「じゃあさ、もし」アーサーの反応を仰ぐように彼の顔を見ると、また彼はきちんと手をとめてわたしを見てくれた。(ほんとうに)縋ってはいけないのは分かっているのだけれど、どうしても彼のやさしさには甘えてしまう。

「わたしに羽がはえたとして、そのはねをなくしたらアーサーは、助けてくれる?」

なにを問いかけたいのかなにを確認したいのかなにを求めているかなんて、わからなかった。やわらかな木漏れ日のような双眸は、わたしを見つめている。「…はどうしてほしいんだよ」はっきりしない考えばかりが頭の中を駆け巡るけど(きっとたぶん)そうやって答えを促してくれる彼の優しさが、ほしかったのだ。

「…アーサーが助けてくれたら、嬉しい?」
「聞くなよ!…まあでもお前がそれで嬉しいなら、」

助けてやらんこともない。ごにょごにょとごまかしたようにアーサーはそっぽを向いた。わたしが思わず吹き出してしまうと、お優しい紳士さまはそれが気に入らなかったようで、笑うなと一喝してから、やさしい笑顔を浮かべた。

春がとんでいる

(//090319 頭の中にな!)