ほんとは
四六時中きみにふれていたい
わたしは、主人がいないままの家の前に立っていた。終わったからもう帰ってくるとか、暇なら俺の家に来いとか、そういった呼び出しを聞いたわけでは、ない。勝手に来ただけだ。こうやって、明かりのついていない彼の家を眺めるのは何度目だろう。最初の一週間は、一度だけだった。(でも、)次からは二回、三回と訪れる回数が自然と増えて、気付けばもう半年を過ぎようとしていた。季節の変わり目を、いくつ、ひとりで過ごせばいいのだろうか。小さな門を開いて、わたしは裏庭へと足を運ばせた。このままじっとしてなんか、いられなかった。
彼によって綺麗に手入れされていたはずの名前も知らないような花が、潤いを失っていた。どの花壇を見ても、それらは同じだった。枯れかけている花は、まるで、彼がいないのだとはっきり突き付けられたようで、苦しくなる。言葉を話せない花でさえこんなにもあなたに早く帰って来て欲しいと言っているのに。
(鈍感にも、程がある)
彼女たちも、お日様にあたってきらきらゆれる髪を見て、お日様よりもきらきらきら眩しい彼を見て、わたしと同じ気持ちを抱いていたのだろうか。
「……アーサー」
水の音にも風の音にも負けそうなくらいの小さな声で名前を囁いただけで、彼がわたしの中をうめつくした。それだけで無意識に堪えていたはずの涙が落ちる。どうやら、わたしは意外と女々しい性格をしていたらしい。(…いけない)零れてきた涙を消し去るように手で目を擦った。いけない。泣いては、いけない。優しいあなたはいつもわたしが泣いているのを見て、俺のせいなのかと、あのいつもキラキラしている瞳を曇らせてわたしを見る。(ああ)アーサーは、やさしすぎる。涙を零しているのは、あなたは全然悪くなんてないのに。わたしが泣いているだけで、優しい彼が傷ついてしまうのだ。(ほんとうに)「ばかなアーサー」
「…ばかで悪かったな」
まるでそれは心臓を貫かれたようだった。冷えていたそれはやっとあたたまって、そしてまた冷える。とくんとくん。とくん。
振り向かない理由なんて、無かった。
わたしは後ろを向いて、自分でも怖いほど早い速度で彼の胸に飛び込んだ。「うお、っと」腰に手を回すことなんて咄嗟にでも出来なかったから、わたしは彼の服をにぎりしめる。アーサーの、においがした。
「そんなに俺に会いたかっ…って?なんで泣いて、「ちが、う」
泣いているのはわたしの勝手だから「、アーサーは、悪くな、っいのよ」だから。もうあんな顔をわたしに見せたりしないで、わたしのせいできらきらした大好きな光を消してしまわないで。
ぽろぽろ零れる涙がいまいましくて、目を擦ってしまおうと手を自分の顔に伸ばしたら、アーサーがわたしの手首を掴んだ。
「…何が違うんだよ」
久しぶりに、アーサーの顔を見た。傷だらけで、渇いた血が鼻にこびりついていたけど、エメラルドグリーンの瞳だけはいつもと同じでわたしを捕らえていた。
「完全に、俺が悪いんだろうが」
アーサーが苦しそうな顔をした直後に手首を引っ張られて、またわたしはアーサーの腕の中に戻った。彼の手がわたしの頭の上に乗せられて、動いて、(つまり)撫でられているのだ。わたしはよくふざけて彼の頭をこうしたけれど、アーサーがこんなことをするのは初めてだった。「背負いすぎんな、ばか」とっても恥ずかしくなってわたしは、顔だけじゃなくて、身体ぜんぶが赤くなってしまったような気がしてならなかった。
「…ねえアーサー」
「ん?」
「おかえりなさい」
「…、おう」
はにかんで笑ったアーサーはまるで雲間からのぞいた太陽のようだった。
(//090119 title by 酸性キャンディー)