「ジェイド!」
深く積もった雪の上を走っていたわたしは、やっと見つけた彼に手を振った。自分の名前を呼ぶ声に振り向いた彼は、相変わらず無愛想で相変わらず綺麗だった。わたしが彼の隣に追いつくまで止まっていてくれたことに少し驚きながら、雪の上に4つの足が並ぶとわたしはまた「ねえ、ジェイド」彼の名前を呼んだ。これからのことを考えると楽しくなって自然と顔がにやにやしそうになったから、にっこり微笑んで抑えようとした。けどジェイドがわたしを見て、まるで変なものを見たかのように顔をしかめていたから、それは隠し切れなかったのかもしれない。
でもそれが隠せていても隠せなくても、今のわたしにはどっちでもよかった。うずうずしてしかたなかった。早く言ってしまいたくてしょうがなかった。この言葉さえ伝えれば、よかったから。
「ジェイド、ハッピーバースデイ!」
壁が、崩れた。今の彼を見たわたしからすれば、その表現がぴったりだった。無表情ばかりの彼が少々驚いた顔をしたために目を大きく開いたからだ。まるで血のように真っ赤な瞳が見えて、彼が生きていることを実感した。なんとなくだけど、彼の瞳が赤いのは、彼の瞳にしか血が通っていないからなんじゃないかと思う。「どうして知ってる?」だってほら、彼が無表情に戻ると、また人形のようになって瞳が翳ってしまう。自分が生きていることを知られたくないようだった。
「ピオニーから聞いたのよ!」
「…はあ、全く」
呆れたようにジェイドはため息を吐いた。けどピオニーからそのことを聞いたのは、ほんの少し前の話で、誕生日だということを聞いてわたしがじっとしていられるわけもなく。「で、馬鹿みたいにケテルブルクを走り回ってた?」ジェイドのその言葉に今度はわたしが驚かされた。
「どうして分かったの?」
「鼻も赤いし、…手だって」
手袋もせずにさらされているわたしの手を見て、ジェイドが顔をしかめた。でも手袋をしていないのにはきちんと理由があったから、わたしはそれに笑顔で答えて、コートのポケットを探った。ちゃんとある。まだ大丈夫。「知ってた?」と返す。
「ケテルブルクの雪を夜に見ると、まるでお星さまが降ってきてるみたいなの」
コートの中のポケットに隠していた雪だるまを差し出して、わたしはジェイドに微笑んだ。「プレゼント!ケテルブルクで、わたしが一番好きなものよ!」ほら、こうやって光にあてると光って、とっても綺麗!雪だるまに土が入らないようにとっても雪が積もっている所まで行って作ったんだから!
「…ほんとに、馬鹿だな」
「ば!」
「けど」
ジェイドはわたしの手を包むようにして、雪だるまを抜き取った。
「ありがとう、」
翳った瞳の中にケテルブルクの雪が降っていた。
遠くで何かが崩れた音が聞こえて、わたしははっと目を覚ました。ぼんやりしてしまう頭を押さえていると、わたしがうつ伏せになっていた机の上にマグカップが置かれているのに気づいた。ゆらりと真っ白い湯気が揺れているのを見て、今入れられたばかりのものだということを理解する。
「おはようございます」
「…わたし、どれくらい寝てましたか」
「そうですねえ、私がこの書類を始めた頃でしたから…ざっと2時間くらいでしょうか」
2時間。その数字を聞いてやっと頭が動き始めた。さっと血の気が下がって「ご、ごめんなさい!」と謝ると「いえ」と笑顔が返ってきた。「元はといえば、こんなにも書類を溜め込んでる陛下が悪いんですから」ああ、そういえばそうだった。今日の夜中、日付が変わった直後にピオニー陛下が大佐の執務室に現れ「俺からの誕生日プレゼントだ!喜べジェイド!」とまるで皇帝陛下とは思えない程の無邪気な笑顔で膨大な書類を放置していったことを思い出した。そしてその書類処理に追われてわたしは眠ってしまった、というわけか。ふと窓の外を見れば、真っ暗闇に映るわたしの顔が見えた。
「ディナーの件、確実に取り消しですね。大佐」
「まあ、この書類を見た時点で諦めてましたよ」
書類に走らせているペンを止めて、大佐は一息吐いた。今わたしの目の前でコーヒーを飲んでいるジェイド・カーティス大佐は、今日が誕生日だ。以前彼はこの年になって誕生日を祝われてもあまり嬉しくないと言っていたが、昔も今も普段よりやっぱり少しだけ、表情が緩んでいるような気がするのはわたしだけだろうか。多分それを知っていたから、ピオニー陛下はああいった行動が出来たんだと思う。まあ後々、確実に寿命が縮められるだろうとは思うけども。
「そういえば大佐、誕生日プレゼント何がいいですか?」
いつも在り来たりな物になってしまうので、今年は聞いてみました。メイドさんが淹れてくれていた紅茶を飲んで、わたしは大佐を見た。「そうですねえ」大佐は考えるような仕草をしている。けど多分あの顔は、もう答えが決まっている顔で、視線で、笑顔だった。
「がケテルブルクの雪で作った雪だるま、なんてどうでしょう」
君のために降る星
「…覚えてたんですね」
「忘れていると思っていましたか?」
(//081122 ジェイドおめでとう!だいすきだよ! title by 1204)