「ねぇ、死にたい?」 「…急に何ですか、あなたは」 「ジェイドは死にたいのかなーって思って」 理由なんて無い。なんとでもない普通の質問だよ。ジェイドは書類に走らせていたペンの動きを止め、「ふむ」と一言呟いてわたしをまじと見た。わたしの質問で作業を止めるなんて(ましてやジェイドの大好きなだーい好きな書類)珍しい事だったため、ちょっと嬉しくなりながらも彼の返答を待つ。 「はどう思います?」 「うーん。死んでみたいかな」 だって、わたしが死んだ後のジェイドはどうするのかなあとか考えたら面白くって。あと自分が死んだら嘆いてくれる人はいるのかとかが気になるね。 まるで人ごとのように話すわたしを見て、ジェイドは溜息をついた。あからさまなその行動を見て、わたしはじとりとジェイドを見つめる。そんな視線を気にも留めず、ジェイドはほくそ笑んだ。ああ、憎らしい。 「…あなたらしい返答ですね」 いま、ジェイドに失礼なことを言われた気がする。というかそのつもりで言ったのだろう。さり気なさすぎる嫌味はいつものこと。そんなことを気にするような繊細で可愛らしい、か弱い神経は、とうにわたしの元を去った。きっと、それが帰ってくることはもうない。永遠にさようなら、だ。 「ありがと」 「おや、嫌味のつもりで言ったのですが褒め言葉に聞こえましたか?」 か弱い神経の代わりに残った、少しだけ捻くれた口を開こうとしたが、口喧嘩でジェイドに勝てるわけがないという事を思い出してそろそろと口を閉じた。そこらへんの胸の大きい金髪のお姉さんに微笑むとイチコロで落ちそうないつもの笑顔しか浮かべていないジェイドがその証拠だ。そう、いつもわたしはこの余裕そうな笑みに負かされる。もちろんこれだけが彼の強みではない。 「で!どうなの!死にたい?」 「………そうですねぇ、」 人間、いつかは死にますから。別に死に逝き急いでしまわなくてもいいと思います。 結論だけ言えば、ジェイドは死にたくないと。 視線は書類へと向きながら、ジェイドは息を漏らした。赤い瞳が陰る。ずっと見つめていると吸い込まれてしまいそうなそれから、わたしは目をそらした。 「そういうことになりますね」 「一緒に死んでくれないんだ?」 「嫌ですよ。死ぬなら一人で野垂れ死んでください」 冷たいと文句を言いながらは微笑をこぼした。ああ、なんて彼らしい言葉なんだろう。彼と一緒ならば、いつかおとずれる終わりでさえ待ち遠しくなってくる。たぶんそれはわたしにとってのさいごの倖せで、楽しみなのだ。 突然ジェイドが椅子から立ち上がって、ゆらりと長身の体を動かした。ゆっくりと地面をかみ締めるように動く足は、一直線にわたしへと向かう。小さな窓から注がれている太陽の光が、ジェイドの髪にとけて、まざった。ああ、このまま一緒に溶け込んでしまえたら、 「きっと終わる前は、」 (愛していると最後の最期に告げて) らしくもなく 貴方に 数え切れないほどの感謝と謝罪と ほんの少しの愛おしさを込め祈りながら 私は死んでゆくのですねぇ (//20080119) |