アン・ドゥ・トロワで
恋に落ちよう


ティエリアの考えていることは、よくわからない。刹那にも同じことを言えることかもしれないけれど、わたしからすればティエリアの方が全く読めない。例えるなら、ミステリアスというやつだ。無愛想だとも思うけど、彼にはこっちの方が似合っているような気がする。さすがにティエリアが不機嫌なときは、あ、不機嫌なんだ、と分かることが出来たけれど、こんな事、顔さえ見れば誰しもわかることだし、これだけじゃ何の役にも立たない。

だからわたしはティエリアを知りたくて、時間さえあれば彼と一緒にすごした。お昼を隣で食べたり、ヴァーチェの点検をしているときに話しかけたり、そりゃもうたくさんの事をしてみた。けれどティエリアに近づくたびに彼に対する分からないは深まっていく。知るたびに、ティエリアのミステリアス度みたいなものがどんどん高まっていった。あれれ、どうしてだろう。このことをアレルヤに話したら「はティエリアが好きなんだね」と笑顔で言われてしまった。好き?好きってあれですか?あの恋する気持ちの好きですか?「…僕から見ればそう思えたけど」わたしが問い詰めるとアレルヤは恥ずかしそうに顔を赤くした。これくらいティエリアも分かりやすかったらいいのに!…、こんな事を考えてしまうという事は、やっぱりアレルヤの言うとおり、わたしはティエリアが好きなの、かな。


「…これは、違うかも」

ただ今、ソレスタルビーイングは宇宙空間を離れて地上での作戦を行っている。けど、次の作戦開始時間まで大分と間があったせいで、珍しく自由行動が許された。オペレーターのクリスティナたちだけではなく、メカニックのわたしにも自由時間が与えられたのは「若いんだからたまには買い物くらい行って来い!」というイアンさんのなりの気遣いのおかげだ。わたしに時間をくれたイアンさんに何かお土産を買っていこう。そう思って店が並ぶ通りを歩いていたら、とてもいい香りがして、わたしはふらふらとその匂いのするお店へ足を運んだ。色んなビンが並んで、たくさんの種類の香料が置かれていた。どうやら、ビンを見るにこれは香水らしい。それぞれ違ったラベルに名前が書かれている。一つ気になった名前のビンを取って、空気に振り掛けた。急いで鼻を近づけた所で、上に戻る。

ティエリアと離れていても彼の事を考えてしまう。だから今もこうして、気づけば彼のイメージに合う香水を探してしまっていた。やっぱりこれは『好き』なのかな。これも違う。これも。とたくさんの香水を嗅いでみるが、ティエリアにあいそうなものは見つからなかった。けど、良い香りだな、と思った香水が一つあったので、それを買うことにした。もちろん自分に、だ。彼に似合いそうなものは無かったので、しょうがない。可愛らしい星型のビンに詰められた香水を買って、わたしはその店を出た。

そしてわたしは、地上にある作戦基地へと向かう。イアンさんへのお土産は、迷ったけれど、彼の好きそうなお酒を買った。高いビルから覗いている夕陽が傾いている。色んなものを見すぎたせいで少し、遅くなってしまった。皆に心配をかけてはいけないと、ちょっと足早に歩く。ゲートをくぐると、思わず庭にあるプールに目がいった。そのプールにはオレンジ色に染まる空が丸々映って、とても綺麗だった。太陽が二つあるみたい。プールに手を入れて、波紋をつくると、もう一つの太陽が揺れて、形が崩れていく。これもある意味ミステリアスかもしれない

室内に入ると、スメラギさんやイアンさんの姿はなく、いるのはティエリアだけだった。柔らかそうなソファーには誰も座っていないのに、ティエリアは柱にもたれかかっている。座ればいいのに。そろりと彼の顔を見ると眉は寄っていなかった。あ、不機嫌じゃない。「ええと、ただいま」と言うと「…ああ、おかえり」と愛想の無い返事が返ってきた。けれど昔のティエリアならおかえりなんて言ってくれなかっただろうし、というか返事してくれなかったかもしれない。長い間話し続けてたかいがあったわ!

「………香水か?」
「!そうなの、良い匂いだなって思って」

幸せに浸っていると、ティエリアが急に話しかけてきた。わ、今日はよく喋るんだね。また嬉しくなりながらわたしは笑顔で返事をした。彼の眼鏡の奥にある瞳が覗く。あの双子の夕陽に負けず劣らず、綺麗だ。「いい香りだ」とティエリアがいつもの無表情でわたしに告げた。もしかして気に入られてる?嬉しさを通り越した驚きの視線でティエリアを見ているとまた、彼は私を驚かせる一言をあの無表情で発言した。

「似合ってる」

こんなときアレルヤなら恥ずかしそうに顔を赤く染めて言うんだろうけど、ティエリアは少しもそんなそぶりを見せやしなかった。その代わりに、何故かわたしの頬はみるみる朱色に染まっていく。言った本人がなんとも無い顔をしているのにわたしが照れるのは何だか物悲しい気もする。けれど、あまりコミュニケーションを取らないティエリアのその言葉は、とてもとても嬉しかった。思わず抱きついてしまうほど、嬉しかったの。

(//20080216 title by 不在証明)