生まれた日。誕生日って、ただそれだけじゃないか。それなのに家族や周りの人は、お祭りみたいにわたしを祝福した。別に長寿ってわけでも今さっき生まれたばかりってわけでもないのに、口を開けば「おめでとう」と告げてくる皆が嫌だった。機械のように笑顔でそれを繰り返す人たちは、まるでその言葉しか知らないみたいに思えた。形だけのそんな言葉、べつに欲しくなんかないし望んでなんかいないことを気づいている人は、わたしの周りにいるのだろうか。多分いないな、なんて虚しいことを考えていると皆にも自分にも嫌気がさした。もう誰とも会いたくなくてぽつりと一人で建っている崩れかけの、元は家だったものの近くにうずくまった。「!」顔を沈めていると、聞きなれた声がわたしの名前を呼んだ。驚いて上を向くと、目の前には少しだけ長い茶色の髪が目に映る。わたしは思わず笑顔を浮かべて「、ニール」と彼の名前を言った。そうすると、彼はにかっと笑ってわたしの隣に座った。

「祝いの言葉なんて、もう言われ慣れただろ?だから言わない。これはその代わりな」

みんなは「おめでとう」と告げる代わりにその言葉で全て済ましていた。なのに彼はその逆の事をしてくれたようだ。もしかして、わたしの気持ちを分かっていてくれているのかなと思ったけど、そんなこと聞けやしなかったから、わたしは黙って彼が差し出す小さいオレンジ色の袋を受け取った。「開けていいの?」とわたしが聞くと「開けないとどうするんだよ」と笑われた。だって、貰ったものをその人の前で開けてしまうのは少し悪い気がしたのだ(しょうがないじゃない!)少しむくれながらそれを開けると、筒のようなものが袋から顔を出した。端に取り付けてあったレンズが光を反射してきらりと光ったせいで、まぶしい、とわたしは目を細める。袋からそれを全て出してみると、両手の手のひらから少しはみ出す程度の大きさの望遠鏡が出てきた。筒の両端に円を描くように、可愛らしい宝石の装飾がしてある。筒の真ん中らへんを回すと、長さが伸びたり縮んだりした。

「かわいーだろ。が好きそうかと思って」
「ありがとう。…でもどうして、望遠鏡?」
「ん?は前しか見えてないからさ。これで周りを見渡せってことだ」
「それって失礼よ、ニール」

そう言ってニールを睨むと、その視線をものともしないで彼は笑った。ニールが肩を揺らすたびに、茶色くて柔らかい髪がふわふわ動く。わたしはそれが好きで、思わず揺れ動く髪をよく触ってしまうのだ。少しクセのついたニールの髪を手に巻きつかせて遊んでいると「って俺の髪、好きだよな」と言われたので「うん、大好きだよ」と恥ずかしげもなく伝えるとニールが少し困ったような顔をした。あれ、もしかしてニールは髪を触られるのはあんまり好きじゃないのかな。名残惜しく感じつつも、わたしはゆっくりニールの髪から指を離した。そうすると、ニールが残念そうな顔をしてわたしを見た。どっちなんだ。戸惑っていると、ニールがふう、と溜め息を一つおとして空を見上げた。それに倣ってわたしも頭上で泳いでいる雲たちを見る。「あのさ、」とニールが空を見たままわたしに声をかけたので「なに?」とわたしも同じようにして返した。

「もし俺が宇宙に行っても、これでさ、が俺を見てくれればいい」






寒さのせいで、わたしはぶるりと体を震わせた。ゆっくりと目を開くと、目の前の暖炉はぱちぱちと音をたてながら燃え盛っていた。その周りには少し大きな箱や袋などが適当に置いてある。今日は、わたしの誕生日だった。子供の頃と変わらず、わたしは未だ誕生日というものを楽しめてはいない。足元にかけていた毛布を肩にかけて、わたしは椅子から立ち上がる。それにしても、懐かしい夢を見た。最近、ニールとは会っていない。会えていないと言ったほうが、正しいだろうか。いつの間にか彼はどこかへと行ってしまったのだ。もしかしたら、ニールは本当に宇宙にいるのかもしれない。そうだ、とわたしはあることを思い立って、引き出しに大切にしまってある、彼から貰った望遠鏡を出した。わたしは外に出て、闇に包まれてしまっている空へと望遠鏡を向ける。ニールから貰ったこの望遠鏡なんかじゃ、頭の上でたくさん並んでいる星でさえ満足に見ることができないのだけれど、もし彼が宇宙にいるとしたら、と思うと望遠鏡を下ろすことが出来ないのだ。ひゅ、と風が通り過ぎたような音が聞こえて何かと思い、きょろきょろと周りを見渡す。

「あ、流れ星」

どうやらさっきの音は、流れ星の音だったようだ。星たちがきらりと光って右から左へと過ぎ去っていった。残念、行っちゃった、と気を落としているとまた空が光った。ちか。ちか。めずらしく流れ星が数秒にわたって発光している。まるで星が遊んでいるようだ。今のうちに、願い事を3回言ってしまおうとわたしは目の前で手を合わせた。

「ニールが、元気に過ごしていますように」






流れ星
君 と の 思 い 出 に ひ と つ キ ス を お と し た


(//080317)