わたしの家族が、いなくなった。これまで一緒にすごしてきた家も、子供のころにもらった大好きなクマのぬいぐるみも、愛していた家族も、戦争が、すべて綺麗に消し去っていった。それらが全てあったはずの場所には、元々あった物を思い出せないくらい細かく崩れた瓦礫と、少しだけの血が点々と残されていた。 戦争がどんなものなのか。そんなのは知ってた。国も命も何もかも奪う事だって、ぜんぶぜんぶ知ってた。周りにいたはずの人たちは、それでいなくなったりしていったから、嫌でも分かってたはずだった。そういうものなんだって。割り切らないと、生きていけないって。だって、よくお母さんが言ってたもの。「強くないと生きていけないわよ」って。やさしく頭をなでながら諭すように言ったその言葉は、とても大事で忘れちゃいけないように思えて、わたしはきちんと覚えておこうと脳裏に刻み付けた。そう。だから、強くなくちゃいけない。 「うそつき」 目の前にあった瓦礫は、全て消え去った。いま、わたしは真っ暗な闇の中にいる。浮いているのか、立っているのかも分からないふんわりとした意識に、気持ち悪さを覚えた。「ほんとう、うそつきだね」さっき聞こえた声と同じそれにわたしははっとして、後ろを向く。わたし。小さい、みんなを無くしたときの子供のわたしがいた。真っ黒な髪が腰まで伸びて、恐怖を覚えるくらい笑顔を浮かべていた。どうして子供のわたしなんかが、恐ろしいのだろう。「強くなんか、ないくせに」その言葉にわたしは、びくりと肩を震わせる。夢。きっとこれは夢だ。こんなの、おかしいもの。だって、「ねえ、、そうやって自分を騙してさ」さっきまでわたしの目の前にいたはずの子供のわたしが、何時の間にか背後に立っていた。今にも折れてしまいそうなくらい細くて白い手が、にゅっと伸びてわたしの首に巻きつく。 顔を近づけて、耳元で忠告するようにゆっくり口にした。まるでそれは愛の言葉を囁いているようにも思えて、「っ、はなして!」わたしは必死にそれを振り払った。わたしが子供のわたしに触れると、それは霧のように消えてしまった。周りを見渡して子供のわたしを探していると、ずっとずっと上から、彼女(小さなわたし)の笑い声が聞こえてきた。くすくすとまるで馬鹿にするような声が遠ざかって「、まって!」わたしは目が覚めた。目の前に、真っ白な見慣れた天井がある。ここは、食堂、だ。やっぱり夢だった。よかった、とわたしは大きく息を吸い込んで、吐き出す。とりあえず気を落ち着かせようと思って立ち上がると、食堂にアレルヤが入ってきた。彼はわたしを見るなり、少し驚いた顔を浮かべて、心配そうに眉をまげる。「目、真っ赤だよ」とアレルヤはわたしの前に来て顔を覘き込んで言った。「うそ、」と直ぐに手鏡で確めると、アレルヤの言うとおり両目が真っ赤に充血していた。でもわたしは、涙を流した覚えなんか全くなかった。夢を見ている間に、泣いていたのか。ちらりとアレルヤの顔を見ると、とても心配そうな顔をしてこっちを見ていた。アレルヤには関係ないのに、まるで自分の事みたいに不安そうな顔をしていて、この人は強いのかもしれない、と思った。 「どうかしたのかい?」 「!ううん、なんでも…、」 とっさに浮かべた笑顔が引きつってしまう。なんでもない。その言葉を口にすれば良いだけなのに、何かが邪魔して出てこない。まるで、わたしがほんとうは言いたいみたいだ。彼に、心配してほしいみたいだ。アレルヤに甘えたいみたいだ。でもそんなの迷惑だって分かってるし、甘えたくなんか、ないはずなのに。こんなときに限って、小さい頃の家族をなくした記憶が鮮明によみがえってくる。あのときは、実感なんかなくって涙は出なかったのに。「うそつき」さっき子供のわたしに言われた言葉が頭の中で勝手にリピートされる。考えがぐちゃぐちゃになって、考えるのも嫌になってきた。ああ、もう、いいや。今日だけは強くなくてもいい、?「ごめんなさい」と誰に謝ったのか分からない言葉を告げてからアレルヤの胸の中に飛び込んで、わたしは涙をながした。 ごめんなさい。ごめんなさい。わたしは強くなれやしない。 |